第172話 ヴィンターグリュン王の許可と、探検家の夢
【マルコ・フォン・ブラント視点】
『アヴァロン帝国歴172年 3月1日 快晴』
ライル国王からの返事は、思ったより早く届いた。
その、インクの匂いがまだ新しい手紙には、彼らしい気の抜けた、しかし温かい言葉が綴られていた。
『やあ、マルコさん、久しぶり! アカツキの都は、どうかな? シトラリちゃんも、マクシミリアン君も、元気そうで何よりだ。
総督を辞めたいって話、読んだよ。君がそうしたいなら、僕は止めない。ちょうど、アカツキには、ディアス君っていう、すごく優秀な若い副総督がいるって、シトラリちゃんから聞いてるんだ。彼に任せて、一度、ハーグにおいでよ。話は、それからだ』
ディアス。確かに、有能な若者だ。彼になら、安心してこの都を任せられる。
私は、すぐにディアスを呼び、総督代理の任を授けると、その足で、ハーグ行きの船に乗り込んだ。
数年ぶりの、ヴィンターグリュン王国。
いつの間にか鉄道というものが出来ていた。乗ってみたが、これは良いものだ。
到着した首都ハーグは、相変わらずの活気に満ちていた。そして、私が通されたのは、かつてのハーグの城ではなく、その近くに立つ、壮麗な白亜の館だった。
館の中は、まるで小さな王国の縮図のようだった。様々な国の言葉が飛び交い、肌の色も、髪の色も違う、たくさんの子供たちが、元気に走り回っている。その光景を、美しい妃たちが、優しい笑顔で見守っていた。
やがて、その中心にいるこの国の主が、私の姿に気づいて満面の笑みで手招きをしてくれた。
「マルコさん! よく来たね!」
ライル・フォン・ハーグ侯爵。数年の歳月は、彼に、摂政としての威厳よりも、父親としての、温かい深みを与えたようだった。
「さて、話を聞こうか。今度は、どこへ行きたいんだい?」
謁見の間で、二人きりになると、彼は、早速、本題を切り出した。
私は、懐から、一枚の、古びた地図を取り出した。それは、私が、これまでの冒険で描き上げてきた、世界地図の、まだ空白のままの部分。
「ライル様。私は、この大陸の、さらに東へ、向かいたいのです」
私は、地図の上で、その空白地帯を、指でなぞった。
「アズトラン帝国で集めた情報によれば、アヴァロン帝国の東の砂漠の、さらにその先には、豊かな文明が存在すると言います。その国との交易路を開くことができれば、必ずや、このヴィンターグリュン王国に、更なる富と、繁栄をもたらすことができると、信じております」
そして、私は、言葉を継いだ。
(この国王にウソは通じない)
まっすぐに目を見て語り掛ける。
「ですが、本当の理由は、違います。私は……ただ、この目で、まだ誰も見たことのない、世界の果てを、見たいのです。どうか、この、一人の探検家の夢をお許しください」
私は、深く、深く、頭を垂れた。
ライル様は、しばらく、何も言わずに、地図の上の、空白の東の果てを、じっと見つめていた。その横顔は私の夢を、そして広がる未知なる世界を、楽しんでいるかのようにも見えた。
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