第17話 皇帝の饗宴
【ユリアン皇帝視点】
『アヴァロン帝国歴157年 6月10日 夜 晴れ』
我、アヴァロン帝国皇帝ユリアンは、玉座の間で届けられたばかりの報告書に目を通していた。差出人は、辺境伯ライル・フォン・ハーグ。内容は、北方で起きた一連の騒乱の顛末である。
(……面白い。実に、面白い男よ)
たった一人の雑兵が、槍一本で将軍を討ち取り、辺境伯となる。領地経営に行き詰まれば、爆薬を売りつけて資金を調達する。今度は、たった三千の兵で一万の軍勢を退け、あろうことか、敵の王女を保護し、その復讐に手を貸し、ついには北方全土を平定してしまったという。その決め手が、また『大砲』とかいう、あの小娘が作った鉄の筒だというのだから、笑いが止まらん。
(槍で将軍を、爆薬で王を、大砲で国を。次は何で大陸でも獲るつもりだ? まったく、飽きさせん男よ)
もはや、奴は単なる辺境伯ではない。北の民が認め、事実上、彼の統治下に入った以上、奴は『王』だ。ならば、王には王の礼遇を尽くすのが、帝国の皇帝たる我が度量というもの。それに、奴が手にしたという『大砲』。あれは、間近で見ておく必要がある。
我は、辺境伯にして北方の王ライルを、帝都フェルグラントへ丁重に招待するよう、側近に命じた。
数週間後、ライルの一行が帝都に到着した。我は、彼らを皇宮で最も豪奢な饗宴の間に通させた。磨き上げられた大理石の床、天井からは水晶のシャンデリアが輝き、テーブルには帝国中から取り寄せた山海の珍味が、所狭しと並べられている。貴重な南方の果実、子牛の丸焼き、そして、金と同等の価値を持つ黒胡椒の山。我が前にだけ置かれた、東方伝来の嗜好品『タバコ』の葉も、今宵は特別に客の前にも用意させた。
我自らが出迎えると、いつものようにヴァレリアという女騎士と、そして見慣れぬ美しい娘を伴ったライルは、目を丸くして固まっていた。
「ようこそ、帝国の辺境伯にして北方の王ライルよ。長旅、ご苦労であったな」
「あ、あの、陛下……ずいぶん僕の扱い、良くなった気がするんですけど……?」
ライルの素朴な問いに、我は声を上げて笑った。
「当然であろう? 帝国の辺境伯にして、北方をその手に収めた事実上の王だ。これくらいの饗応は当たり前だ。さあ、座れい。今宵は無礼講だ」
我は、ライルの隣で緊張に身を硬くしている娘に目をやった。プラチナブロンドの髪、気高い青い瞳。ドラガル公の息女、ヒルデか。
「そして、そちらの姫君。父のことは気にするな。戦とはそういうものだ。今は、お前の新たな主となったライルのそばで、幸せになるがいい。敗者の一族に生まれた娘ができる最良の復讐とは、誰よりも幸福になることよ。違うか?」
我の言葉に、ヒルデは驚いたように顔を上げた。その瞳から、少しだけ強張りが解けていくのがわかった。
宴が和やかに進み、ライルが珍しい肉料理に舌鼓を打っているのを見計らい、我は本題を切り出した。
「ところで、ライルよ。北方を平定したという、あの『大砲』とかいう面白い玩具。あれを、朕にもいくつか融通してはくれんか?」
あくまで、軽い口調で。奴がつけあがらぬように。
ライルは、肉を飲み込むと、少しだけ考えてから答えた。
「うーん、何かと交換していただけるなら、いいですよ」
ほう。ただの幸運な若造かと思っていたが、いつの間にか交渉のやり方を覚えおったか。よかろう。望み通り、最高の切り札を見せてやる。
「ならば、これをやろう」
我の合図で、侍従たちが大きな木箱を運んできた。蓋を開けると、中には茶色くゴツゴツした塊と、黄色い粒がぎっしり詰まった奇妙な穂が、山のように入っていた。
「これは、遥か西の新大陸から、命懸けで取り寄せた秘蔵の作物だ。『ポテト』と『コーン』という。驚くべきことに、痩せた土地でも、お前たちの北のような寒い土地でも、信じられぬほどたわわに実る。飢えに苦しむ北方の民の腹を満たすには、うってつけであろう?」
ライルの目が、金銀財宝を見た時とは比べ物にならないほど、強く輝いたのを我は見逃さなかった。
「もちろん、育て方の秘伝書もくれてやる。それだけでは不足だろうから、褒賞として金貨も一万枚つけよう。これで、どうだ?」
「ま、まあ……! それを、そんなにたくさんくれるなら……!」
ライルは、前のめりになって頷いた。交渉は、成立だ。
「よし! 話は決まりだな! 今宵は大いに飲み明かそうではないか!」
宴は、さらに華やかさを増した。音楽が奏でられ、美しい踊り子たちが舞い踊る。ライルは生まれて初めて見る帝都の饗応に、子供のようにはしゃいでいた。ヒルデも、最初は戸惑っていたが、優しい侍女たちに囲まれ、少しずつその笑みを取り戻している。ただ一人、あのヴァレリアという女騎士だけが、我の真意を測りかねるように、鋭い視線をこちらに向けていたがな。
(ククク……面白い。大砲という『力』を手に入れ、同時に北方の食糧事情を改善し、圧倒的な『恩』を売る。これでライルは、ますます朕の手の内で踊る、最高の駒となる……)
我は、玉座で紫煙をくゆらせながら、彼らの様子を満足げに眺めていた。
(……いや、あるいは。いずれ朕の喉元に牙をむく、手に負えぬ竜へと育つか? それもまた、一興よな)
宴は深夜まで続き、すっかり酔いつぶれたライルは、ヒルデとヴァレリアに両脇を抱えられ、客室へと運ばれていった。その情けない、しかしどこか愛すべき王の後ろ姿を、我は一人、杯を傾けながら見送った。
「さて、ライルよ。次に会う時、お前は、どこまで大きくなっているかな」
こうして帝都の夜は、ふけていくのだった。
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