第169話 ハーグの城から、白亜の館へ引っ越したよ! お城はリアン皇帝に譲ったよ! えっ? カール君って青年が来ている? 騎士になりたいって? ヴァレリアどうしよう?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴171年 4月10日 快晴』
帝都からの遷都が決まってから、ハーグの街は、毎日がお祭りのような騒がしさだった。
そして、僕の生活も、大きく変わった。リアン君が、ハーグの城を新しい皇宮として使うことになったので、僕は、家族みんなで、城の近くに立つ白亜の館へと引っ越すことにしたんだ。
(うん、こっちの方が、なんだか落ち着くなあ)
アシュレイやヴァレリア、ファーティマちゃんに、大きなお腹を抱えたシトラリちゃんたち。そして、家中を元気に駆け回る、僕の可愛い子供たち。そんな、少し騒々しくて、でも、温かい家族に囲まれる毎日が、僕には何よりの幸せだった。摂政の仕事も、今は副宰相として、たまにハーグのお城……いや、もう皇宮か、そこへ顔を出すだけ。最高だ。
そんな、穏やかな春の昼下がりだった。
庭で、子供たちと泥遊びをしていた僕の元へ、一人の侍女が、少し困ったような顔でやってきた。
「ライル様。お客様にございます。カール、と名乗る青年が、どうしても、ライル様にお会いしたい、と……」
「カール君?」
その名前に、僕は首を傾げた。誰だっけ……?
ああ、思い出した! 何年か前に、リーナちゃんの養豚場で会って……そうだ、城の中庭で、うちの子たちと一緒にヴァレリアと剣術ごっこをしていた、あの元気な男の子だ! ずいぶんと、大きくなったんだろうなあ。
「わかった、すぐに会うよ!」
客間に通されたその青年は、僕の記憶の中にいる小さな男の子の面影を残しながらも、すっかり背が伸びて、その瞳には、真っ直ぐで、力強い光を宿していた。
彼は、僕の姿を認めると、その場で、騎士の礼法に則った、完璧な所作でひざまずいた。
「ライル様! お久しぶりにございます! 約束を、果たしにまいりました!」
「え? 約束?」
「はい! どうか、このわたくしめを、貴方様の騎士として、お取り立てください!」
その、あまりに真剣な言葉。
(えええええええっ!? あの時の冗談を、本気にしてたの!?)
僕は、完全にパニックになった。どうしよう、子供相手の、ほんの軽い気持ちの冗談だったのに! 今さら、そんなこと言えないし……!
僕は、助けを求めるように、大声で、この館で一番頼りになる人を呼んだ。
「ヴァレリアー! ちょっと来てー! 大変なんだー!」
僕の情けない声に、すぐに、騎士団長のヴァレリアが、何事かと部屋へやってきた。彼女は、ひざまずくカール君を見ると、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに全てを察したようだった。その口元には、呆れと、でも、どこか懐かしむような微笑みが浮かんでいる。
「ヴァレリア、どうしよう!? 僕、約束しちゃってたんだ……! 思い出したよ!」
僕が、彼女の耳元で必死に囁く。だが、ヴァレリアは、そんな僕を、ぴしゃりと一喝した。
「閣下。王の言葉に、冗談などございません」
彼女は、カール君の前に進み出ると、その真っ直ぐな瞳を、じっと見つめ返した。
「カール君、でしたね。以前会った時よりも、随分と大きくなりましたな。あの時の約束を、まだ覚えていてくれたとは、嬉しい限りです。ですが、騎士への道は、決して楽なものではありません。厳しい訓練と、揺るがぬ忠誠心が求められます。その覚悟は、おありですかな?」
「はい! 望むところです!」
その一点の曇りもない、力強い返事。
ヴァレリアは満足げに、一度だけ頷いた。そして僕の方を振り返る。
「ライル様。よろしいでしょう。このヴァレリアが、責任をもって、彼をお預かりします。本日より、見習い騎士として、我が騎士団に迎え入れましょう」
「ほっ……。う、うん! さすがヴァレリアだ! 助かったよ!」
こうして、僕のほんの気まぐれな一言が、一人の少年の運命を大きく動かすことになった。
未来の英雄の最初の物語が、今、この場所から静かに始まろうとしていた。
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