第168話 おお、ついに陛下が朕と言われた! このオルデンブルク一生ついていきますぞ!
【オルデンブルク宰相視点】
『アヴァロン帝国歴170年 8月22日 晴天 ハーグの城』
ライル殿に勧められるがまま、わたくしはハーグの城の中へと足を踏み入れました。
外のじりじりとした日差しが嘘のように、石造りの城内はひんやりとしており、良い感じに日陰になっていて、幾分か涼しく感じられます。長旅で火照ったこの老体には、実にありがたい。
謁見の間に通されると、そこには、すでにヴィンターグリュン王国の重臣たちが、ずらりと並んでおりました。そして、本来はライル殿が座するはずの質素な玉座に、リアン皇帝陛下がどかりと腰を下ろし、その横には、護衛のようにライル殿が立っております。
(……なるほど。すでに、形は整っておるか)
わたくしが、感心しておりました、その時。玉座の上の若き皇帝が、口を開かれました。
「して、オルデンブルク宰相よ。朕に何用かな? 朕は休暇中であるぞ?」
(おお……! おお、おお……!)
その、あまりに自然な、そして威厳に満ちた一人称。リアン皇帝が、自らを『朕』と、そう、おっしゃられた! まるで、今は亡き先帝、ユリアン陛下の若かりし頃のお姿が、そこに重なって見えるようではございませんか。
わたくしは、こみ上げてくる熱いものをこらえきれず、思わず、その場に深く、ひざまずいておりました。
「陛下、そのお言葉、このオルデンブルク、感涙にむせび泣いております。休暇は、大いに結構かと存じます。帝都での雑務は、全てこのオルデンブルクがお引き受けいたしましょう。……して、陛下。遷都の件は、本気でございますか?」
「うむ、余としては、ここハーグに落ち着くつもりだ」
(おお、今度は『余』と!)
なんという成長の早さ。意外にも、隣に立つライル殿は、一言も口を挟みませぬ。こういうところは、あの方の良い所でしょう。きちんと、陛下ご自身の言葉で、語らせておられる。
「しかし、帝都フェルグラントは、長年の都。貴族どもは、いざとなれば、力でねじ伏せることができましょう。それこそ、ヴィンターグリュン候の兵にかなう力は、国内にございません。じゃが、しかし……宗教勢力が、なんと言うか……」
わたくしの懸念を、遮る声がございました。
「ならば、妾が承認してやろう……この闇の教皇ノクシアが承認しようぞ。ピウスのやつにも、話はつけてやる」
いつの間にか、家臣の列に並んでいた、一人の小柄な女性が、静かに、しかし、有無を言わせぬ威圧感を放ちながら、前に進み出てまいりました。
「や、闇の教皇殿か……!」
わたくしは、より一層、深く頭を垂れました。そうなのです。ここヴィンターグリュン王国のハーグは、闇の宗教の、総本山でもある。光の教会が、安易に手を出せる相手ではございません。
「では、今度は、ヴィンターグリュン国王としてのライル殿に問いたい。もし、諸侯が暴れた場合、その力で、ねじ伏せてくれるであろうか?」
「えっ、ぼっ僕!? うーん、いいけど……」
ライル殿は、えらく慌てておられました。まさか、自分に話がふられるとは、思ってもみなかったのでしょう。わたくしは、畳みかけるように続けます。
「では、摂政に復帰していただいても?」
「いえ、それはお断りいたします!」
(うーむ、こうもハッキリ言われると厳しい)
このライル殿は、実に優秀な男。万能型ではない。じゃが、やるべきことと、やらなくて良いことの順位づけが、驚くほど上手い。そう、宰相とは、大きな判断を間違わなければ良いのです。そういう意味では、この男以上の適任者はおりませぬ。それに、戦にめっぽう強い。いざとなれば、力による統治もできる。それは、このわたくしには、決してできぬことでございました。
「分かり申した。それでは、副宰相では? これ以上は、譲れませぬぞ?」
「う……うーん……」
渋るライル殿。その背中を、若き皇帝が、力強く押されました。
「頼むよ、ライルさん! さすがに、政治の中枢に、ライルさんがいないと困るよ!」
「……分かりました。副宰相でよければ、お受けします。ただし、非常勤でお願いします! 僕は、畑のほうが大事なので!」
こうして、話はまとまりました。
リアン陛下は、どうやらライル殿から、良い影響を受けておられるご様子。皇帝としての自覚が、芽生え始めておりますな。
「あとは、このオルデンブルクにお任せください。ハーグへの遷都、速やかに、進めさせましょう」
こうして、わたくしはハーグに一泊したのち、フェルグラント行きの列車に乗ったのでございました。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




