第167話 う~ん、皇帝っぽくするといいんじゃないかな?
【リアン皇帝視点】
『アヴァロン帝国歴170年 8月22日 晴天 ハーグの城』
ハーグの城での生活は、驚くほど快適だった。
帝都の、息が詰まるような儀礼や、腹の底では何を考えているのかわからない貴族たちに囲まれる日々と違い、ここには、温かい食事と、家族の笑い声と、そして、僕が一番信頼する友人がいる。
(……でも、このままで、いいのかな)
その日、僕は庭で子供たちと遊んでいるライルさんの元へ、少しだけ真面目な顔で、相談を持ちかけた。
「ねえ、ライルさん。僕、どうすれば、もっと皇帝っぽくなれるかな?」
「え? 皇帝っぽく?」
ライルさんは、きょとんとした顔で、僕の顔を見つめる。ちょうど、その場を通りがかったアズトラン帝国の女帝、シトラリちゃんが、ふんと鼻を鳴らした。
「ふむ。何を今さら、という顔をしておるな、そなたは。皇帝とは、ただそこにいるだけで、皇帝なのじゃ。じゃが、まあ、形から入るのも、悪くはあるまい」
彼女は、少しだけ考えて、こう言った。
「例えば、一人称から変えてみるのはどうじゃ? 妾のように、威厳をもってな」
「なるほど! そうだね、ライルさん。例えば『朕』と言ってみるのはどうだろう?」
「おお、いいね! それか、『我』というのも、なんだか強そうだ!」
「『余』というのも、古風でいいかもしれないな!」
ライルさんと僕、そしてシトラリちゃんで、ああでもない、こうでもないと、色々なアイデアを出し合った。
「よ、よし……。朕は……ううん、余は……。やっぱり、難しいな……」
僕が、しどろもどろになっていると、ライルさんが、あっはっは、と楽しそうに笑った。
「まあまあ、焦らなくてもいいよ、リアン君。たまに『僕』って言っちゃっても、みんな笑って許してくれるさ!」
その、あまりに優しい言葉に、僕は少しだけ、救われたような気がした。
すると、ライルさんは、何かを思いついたように、ぽん、と手を打った。
「そうだ! リアン君、僕の友達に会いに行こう! きっと、何か、ヒントがもらえるかもしれないよ!」
そうして僕は、ライルさんに連れられて、ハーグの城下にある公園……彼の『パパ友の会』へと、連れていかれたのだ。
僕の姿を見た父親たちは、最初こそ驚いていたが、すぐに気さくに話しかけてくれた。
「あれ? ライルさん、そんなに大きな子供いたっけ?」
「ははは、違うよ! この子は、僕の遠い親戚みたいなものさ!」
ライルさんが、適当にごまかしている。僕は、少しだけむっとしながらも、その輪に加わった。
今日のパパ友会の活動は、西通りに新しくできたという、公衆浴場へ行くことらしかった。
皆で、大きな湯船に浸かり、他愛もない話をする。子供たちは、湯船の中ではしゃぎまわり、父親たちは、日頃の疲れを癒している。その、あまりに平和で、温かい光景。
(なるほど……)
皇帝とは、ただ玉座に座って、威張っているだけじゃない。この、名もなき民の、ささやかな幸せを守ること。それこそが、本当の『皇帝っぽさ』なのかもしれない。
(ハーグは良い所だ。これはぜひとも、遷都しないと)
僕が、湯船の中で、改めてそう決意を固めてた。
パパ友たちと別れて城へ戻ると、そこには、夏の暑い日差しの中、旅装束のまま仁王立ちで僕たちを待っている、一人の老人の姿があった。
「リアン陛下。そして、ライル閣下。……少し、よろしいかな?」
その、静かだが、有無を言わせぬ声。
オルデンブルク宰相が、来ていた……。
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