第166話 諸侯、ライルとリアン皇帝の仕事ぶりを検証する オルデンブルク宰相、頼みましたぞ!
【オルデンブルク前宰相視点】
『アヴァロン帝国歴170年 8月21日 晴れ 帝都執務室』
『ライルさんと出ます。探さないでください』
若き皇帝陛下、リアン様の執務机の上に、ぽつんと置かれていた置き手紙。その、あまりに子供じみた文面に、この老いぼれは、思わず苦笑を禁じえませんでした。
まるで、今は亡き先帝、ユリアン陛下の生き写し。あの御方も、こうして、よくハーグへと出かけておりましたな……。
(やれやれ。残された我らは、どうしたものか)
事情が分からず、右往左往する諸侯たち。彼らをなだめ、この帝国の舵取りを預かるのが、再び宰相の任についた、わたくしの仕事にございます。
「これだから、あの田舎侯爵は! 陛下を唆し、政務を放棄させるとは、言語道断!」
案の定、西方のヴェネディクト侯爵が、ここぞとばかりに悪態をつきます。本人がいないのをいいことに、言いたい放題。その剣幕に、さすがのランベール侯爵も、身内とはいえライル様をかばいきれず、苦言を呈しておりました。
「ううむ……。摂政としての、自覚が足りぬと言われても、仕方あるまい……」
「まあまあ、皆様、お静まりに」
そこで、このわたくし、オルデンブルクが一つ、提案をいたしました。
「まずは、ライル閣下と陛下が、これまでどのようなお仕事をなされてきたのか。その書類を、皆様で検分いたしましょう。それからでも、非難するのは遅くありますまい」
そうして始まった、仕事ぶりの検証。
……そして、それは、想像を絶するほど、ずさんなものでございました。
帝都の歴史ある学術院の、雨漏りする屋根の修繕費は、予算不足を理由に却下。その一方で、ハーグに新設された公衆浴場の、維持管理費には、必要額の三倍もの予算が承認されておる。
かと思えば、東方諸侯領への農業支援に関する重要な案件が、理由も記されぬまま、却下されている。
書類を見ていた諸侯たちは、それぞれが自らの領地を経営する、いわば行政の専門家。このような杜撰な書類仕事には、慣れておりました。
「見たまえ! これが、あの男のやり方だ!」
「私情と、好き嫌いだけで、国政を歪めているとしか思えん!」
まるで、悪魔の首でも取ったかのように、ライル様を非難する諸侯たち。その声が、頂点に達した、その時。
わたくしは、書類の山の中から、一枚の、ひときわ分厚いファイルを見つけ出しておりました。
「諸侯たち、少し騒ぎすぎだ。いいか、この際だからハッキリ言っておく。皇帝陛下や宰相たるものは、大きな判断を間違わなければ良い。そしてこの書類を見よ! これは正しい。よってワシはリアン皇帝とライル殿を支持する!」
わたくしが、そのファイルをテーブルの中央に叩きつけるように置くと、皆が息をのみました。
そこには、ユリアン前皇帝の時代からの悲願であった、『新大陸アズトラン帝国との永久友好及び、通商に関する条約締結書』が、両国の皇帝およびヴィンターグリュン王国の、荘厳な署名と共に、ファイリングされておりました。
「おぬしらに、このような大事ができるのか?」
わたくしが、少しだけ凄みを利かせると、あれほど騒がしかった諸侯たちが、たじろぎます。
「それに……この、却下されたという書類。中には、それぞれの領内で処理すべき、些末な案件も多いと見える。まさかとは思うが、その方ら、ライル殿をわざと困らせるために、このような雑務を、山と送りつけてはおらぬだろうな?」
諸侯たちは、完全に沈黙いたしました。そして、一人、また一人と、バツの悪そうな顔で、捨て台詞を残して、部屋から逃げ去ってしまったのです。
(やれやれ、手のかかる子供たちよ……)
一人になった執務室で、わたくしは、深いため息をつきました。
「さて、今回はワシが、リアン陛下を迎えにゆかねばならぬだろうな」
わたくしは侍女を呼ぶと、北の都ハーグへの、長い旅の支度を始めさせたのでございます。
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