表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/280

第164話 もうダメだっ! 帝都フェルグラントに通うのは限界だっ! そうだ! ハーグに遷都すればいいんじゃないのかな? リアンくんいいよねっ?

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴170年 8月1日 昼』


(もう僕も三十二歳か……。すっかり、おっさんだよ、トホホ。初めてユリアン皇帝と会ったときは二十歳だったのになあ……)


 帝都フェルグラントにある、摂政として僕にあてがわれた執務室。その窓から見える景色は、確かに壮麗で、歴史の重みを感じさせるものだった。だけど、僕の目の前にあるのは、うんざりするような紙の山。貴族同士の、実にくだらない縄張り争いの仲裁だとか、何かの建物の修繕費の予算案だとか……。


(ああ、ハーグに帰りたい……。畑で、土いじりがしたい……)


 そんな僕の、ささやかな現実逃避を破ったのは、部屋の主である、若き皇帝の声だった。


「ライルさん、これ、終わりましたよ」


「おお、ごめんごめん! ありがとう、アウレ……うーん、アウレリアン陛下」


 僕は、十九歳になったばかりの、まだどこか少年っぽさの残る皇帝の顔を見て、つい、いつもの癖で言い間違えそうになってしまった。それにしても、アウレリアン、という名前は、なんだか長くて呼びにくい。


「あのさあ、陛下。その、アウレリアンっていうお名前、僕、いまだにうまく言えなくて。……リアン君、って呼んでもいいかな?」


 僕の、あまりに不敬な提案に、周りに控えていた侍従たちの顔が、さっと青ざめるのがわかった。だが、当のリアン君は、きょとんとした後、実に楽しそうに、にこりと笑ったのだ。


「リアン君? うん、いいですよ! なんだか、そっちの方が、友達みたいで素敵だ!」


 その日を境に、僕は彼のことを、公の場でも「リアン君」と呼ぶようになった。そして、当の本人も、すっかりその呼び名が気に入ってしまったらしく、公式な書類への署名にまで、平気で『リアン』とサインしてしまうものだから、さあ大変。

 最初は困惑していた貴族たちも、「皇帝陛下ご自身が、そう名乗っておられるのだから」と、いつの間にか、彼のことを『リアン一世陛下』とか『リアン・フォン・アヴァロン』とか、そんな風に呼ぶのが当たり前になってしまった。

 伝統ある帝国の歴史が、僕の、ほんの些細な思いつきで、また一つ、あっさりと変わってしまった瞬間だった。


 そんなことより、僕には、もっと切実な問題があった。


(もう、ダメだ……。ハーグから、帝都に通うの、限界……!)


 月の半分を帝都で過ごし、残りの半分をハーグで過ごす。この、長距離通勤とも言える生活が、僕の体と心を、じわじわと蝕んでいた。鉄道ができたとはいえ、移動は移動だ。僕は、家族と離れて暮らすのも、畑の世話ができないのも、もう、我慢ならなかった。


(そうだ!)


 ある日、ハーグの城で、子供たちと泥んこになって遊んだ後、僕の頭に、いつもの、とんでもない考えが閃いた。


(帝都が、こっちに来ればいいんじゃないかな?)


 僕は、その足で、帝都のリアン君の元へと向かった。そして、最高の笑顔で、彼にこう囁きかけたのだ。


「ねえ、リアン君。帝都ってさ、なんだか古くさくて、空気も悪いと思わない? それに比べて、僕たちのハーグは、ご飯も美味しいし、空気も綺麗だし、毎日がお祭りみたいで、すごく楽しいよ! どうかな? いっそのこと、帝国の首都を、ハーグに移しちゃうっていうのは!」


 僕の、あまりに突拍子もない提案。だが、リアン君は、窮屈な帝都の暮らしに、少しだけ飽き飽きしていたのだろう。その目を、子供のようにキラキラと輝かせた。


「面白そうだね、それ! うん、やろうよ! 新しい時代の幕開けには、新しい都が相応しい! すぐに、遷都の計画を進めて!」


 こうして、帝国の首都を、北の都市ハーグへと移すという、前代未聞の国家プロジェクトが、僕と、若い皇帝の、軽いノリで決定してしまった。


 その噂が、城中を駆け巡っていた、数日後のこと。

 白亜の館で開かれたお茶会で、新大陸の女帝シトラリちゃんが、おもむろに、そして、実に満足げな顔で、こう言ったのだ。


「ふむ。遷都か。……ちょうど良かったのじゃ」


「え?」


「この妾も、そなたの子を、この腹に宿した。これで、ライル、そなたは八人目の父となるわけじゃな」


 しーん、と、お茶会の席が静まり返る。

 僕は、手にしていたケーキを、危うく落としそうになった。


「えええええええええっ!?」


「産後の体力が回復したら、妾は、一度、アズトラン帝国へ帰るつもりじゃ。じゃが、赤子を、長い船旅に付き合わせるわけにはいくまい。……よって、この子は、そなたに託す。父親として、責任を持って、立派に育て上げるがよい」


 彼女は、有無を言わせぬ口調で、そう、きっぱりと言い放った。

 新しい都の建設計画。そして、八人目となる、新しい家族の誕生。

 僕の周りで、またしても、世界の歯車が、ギシリ、と大きな音を立てて、動き始めたのだった。

「とても面白い」★五つか四つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★二つか一つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ