第160話 決着
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴170年 2月6日 嘆きの大平原 夕刻』
大司教バルバロッサが、僕の放った一発の弾丸に崩れ落ちた時、この、長く、そしてくだらない戦いは、ようやく、その終わりを告げた。
指導者と、大義名分を同時に失った聖浄騎士団は、もはや狂信者の集団ではなく、ただの烏合の衆と化していた。彼らは、我ら帝国連合軍の前に、次々と武器を捨て、その場に膝をついた。
夕日が、血と硝煙に染まった平原を、赤く、赤く、照らし出している。僕は、その光景を、ただ、言葉もなく、見つめていた。
その日の夜、平原に設営された、巨大な天幕の中に、この戦いの、全ての当事者が集まっていた。
僕の前には、東方諸侯の生き残りたちが、深々と頭を垂れている。その代表として、騎士ラインハルトが一歩前に進み出た。
「ライル侯爵閣下。我らは、敗れた。いかなる処分も、お受けする覚悟にございます」
僕は、彼の顔を、そして、そのろに並ぶ騎士たちの顔を、ゆっくりと見回した。
「もう、戦いは終わりだ。君たちも、帝国の民だ。これからは、一緒に国を立て直していこう」
僕の、あまりに静かな、しかし、確かな赦しの言葉に、騎士たちの間から、嗚咽が漏れた。
そして、僕は、天幕の、一番上座に座る、一人の老人の元へと、歩み寄った。ピウス七世猊下だ。彼の顔は、教会の長として、そして一人の信仰者として、深い、深い悲しみと、慚愧の念に、色どられていた。
「ライル侯爵……」
猊下は、絞り出すような声で、わたくしに語りかけた。
「この、あまりに多くの血が、わたくしたちの、女神の教えの名の下に流されてしまったこと……。この罪は、わたくしが、生涯をかけても、償いきれるものではございません」
僕は、そんな彼の前に、静かに、ひざまずいた。
「猊下のせいじゃない。悪いのは、女神様の教えを、自分たちの好き勝手なことに利用した、バルバロッサたちです」
僕は、顔を上げた。
「だから、この、聖浄騎士団の後始末は、猊下にお任せします。僕たちじゃなくて、猊下ご自身の、教会の手で、裁きを下すのが、一番いいと思うから」
それは権力者としてではなく、ただ一人の人間としての、僕の正直な気持ちだった。
僕の言葉に、ピウス七世猊下は、驚いたように目を見開いた。そして、その瞳に、初めて、尊敬とでも言うべき、温かい光が宿った。
「……その、寛大なるお心、しかと、受け取りました。ライル侯爵。貴殿こそ、真に、女神の慈悲を体現するお方かもしれませぬな」
猊下は静かに、しかし、力強く頷いた。
「……この借りは、必ず、お返しいたしますぞ」
こうして、帝国を二つに引き裂いた内乱は、終わりを告げた。
僕たちの間には、まだ、多くの問題が横たわっている。だが、この日、この血塗られた平原で、僕と、帝国教会との間に、これまでのどんな条約よりも固い、複雑で、しかし、確かな信頼関係が、生まれたのだった。
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