第159話 正義と正義
【騎士ラインハルト視点】
『アヴァロン帝国歴170年 2月6日 嘆きの大平原 昼』
わたくしは、今、かつての敵であったはずの、茶色い軍服の兵士の隣で、剣を振るっていた。
奇妙な感覚だった。背中を預ける相手は、数時間前まで、殺意を向けていた相手。じゃが、今の我らの敵は、ただ一つ。神の名を騙り、この地を地獄に変えた、あの白い亡霊どもだ。
「ラインハルト殿、右翼を! 我らが援護いたします!」
「うむ、任せろ!」
ヴィンターグリュン軍のライフル兵たちが、正確な援護射撃で、わたくしに群がろうとする聖浄騎士団の兵士を、次々と撃ち倒していく。その隙に、わたくしたち騎士団の生き残りが、重装甲を活かして敵陣へと切り込み、その戦列を乱す。
そうだ、これだ。古い時代の力と、新しい時代の力。それが一つになった時、我らは、狂信という名の壁をも、打ち破ることができる!
「うおおおおっ!」
わたくしは、魂からの雄叫びを上げ、白い鎧の只中へと、再び斬り込んでいった。
【ライル視点】
『同日、同刻、敵本陣前』
僕たちの、予想外の共闘によって、戦いの流れは、完全に変わった。
大義名分を失い、そして、かつての味方からも牙を剥かれた聖浄騎士団は、その統率を失い、次々と崩れていく。
僕は、ヴァレリアとランベール侯爵、そして数人の精鋭だけを連れ、敵の本陣……丘の上に立つ、大司教バルバロッサの元へと、馬を駆っていた。
最後の抵抗を試みる、バルバロッサの親衛隊を、ヴァレリアたちが、その卓越した剣技で切り伏せていく。
そして、ついに、僕は、全ての元凶である男と、対峙した。
大司教バルバロッサは、敗色濃厚なこの状況にあっても、少しも臆することなく、その瞳に、狂信的な光を宿したまま、僕を睨みつけていた。
「なぜだ!?」
僕は、馬から降りると、彼に問いかけた。
「どうして、こんな、ひどいことを……! これ以上、血を流して、何になるって言うんだ!」
僕の、魂からの叫び。だが、バルバロッサは、それを、鼻で笑った。
「まだ、わからぬか、堕落の王よ!」
彼は、その杖を、僕に突きつけ、自らの歪んだ正義を、絶叫した。
「貴様のその、甘っちょろい『自由』が、帝国の美しき『秩序』を堕落させたのだ! 貴様がもたらした、あの黒い水、甘い砂、魂を焦がす酒! それらが、民から、貴族から、敬虔なる心を奪い、ただの快楽に溺れる豚へと変えた! 農民が、貴族と同じように富を得るなど、あってはならぬこと! 身分という、神がお与えになった秩序こそが、この世の安寧の礎なのだ! わたくしは、この帝国を、あるべき姿へ『浄化』しようとしただけのこと!」
彼は、祭服の下から、一振りの、聖別の剣を抜き放った。
「神の敵に、裁きを!」
バルバロッサが、僕に向かって、最後の突撃を敢行する。
僕は、そんな彼を、ただ、静かに見つめていた。そして、ゆっくりと、背負っていたライフルを、構える。
「……あんたの言う秩序より」
照準器の真ん中に、憎悪に歪んだ彼の顔を捉える。
「僕は、みんなが笑ってご飯を食べてる方が、ずっと好きだな」
ズッバーン!
乾いた炸裂音が、平原に響き渡った。
大司教バルバロッサの、その歪んだ正義は、僕の放った、たった一発の弾丸によって、あまりにも、あっけなく、貫かれた。
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