第156話 白き聖騎士団
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴170年 2月6日 嘆きの大平原 昼』
保守派連合軍は壊滅し、一部は降伏した。
僕たちの新しい時代の戦術の前に、帝国最強と謳われた騎士団もなすすべなく崩れ去った。平原には、動かなくなった赤い鎧と、敗走していく兵士たちの、無様な後ろ姿だけが広がっている。
(……これで、終わりだといいんだけどな)
勝利の歓声はない。ただ、疲労と、硝煙の匂いだけが、僕たちを包んでいた。
僕が兵士たちに休息と、負傷者の手当てを命じようとしたその瞬間だった。
平原の、西の丘の上から。
まるで、太陽の光が凝縮されたかのように、真っ白な軍勢が、静かに、そして整然と、その姿を現したのだ。
「な……!?」
その数、およそ五千。全員が寸分の狂いもない、純白の鎧に身を包んでいる。そして、その手に握られているのは、僕たちが見慣れた、あの黒い鉄の棒……新型のライフルだった。
彼らが掲げる旗には、剣と天秤をかたどった、女神教の神聖なる紋章が描かれていた。
「あれは……聖浄騎士団……! なぜ、ここに!?」
ヴァレリアが、驚愕に声を震わせる。
やがて、その白い軍勢の先頭に立つ、一人の騎士が、その剣を天に掲げ、朗々と、しかし、心の底からの憎悪を込めて、叫んだ。
「罪深き者どもよ! 女神の御名において、神罰を下す!」
その言葉を合図に、白い軍勢は、一斉にこちらへ向かって、前進を開始した。
彼らは、身を隠そうともしない。ただ、聖句のようなものを唱えながら、まるで死など存在しないかのように、真っ直ぐに、こちらへ歩いてくる。
「全員、塹壕に戻れ! 撃て、撃ち続けろ!」
僕の絶叫のような命令に、疲弊していた兵士たちが、慌てて塹壕に身を伏せ、ライフルを構える。
だが、聖浄騎士団の兵士たちは、仲間が次々と撃ち倒されても、少しも怯まない。倒れた者の体を踏み越え、ただ、ひたすらに、前へ、前へと進んでくる。
その常軌を逸した狂信者の集団を前に、僕の兵士たちの顔に、初めて本当の恐怖の色が浮かんでいた。
【ヴァレリア視点】
『同日、同刻、最前線塹壕』
ついに、白い津波が、我らの塹壕線へと到達した。
彼らは雄叫びと共に、次々と塹壕の中へと飛び込んでくる。その目は信仰に狂い、血に飢えた獣の目だった。
「うおおおおっ!」
「女神に、栄光あれ!」
「逆賊に死を!」
もはや、銃は意味をなさない。
ここからは白兵戦。銃の先に銃剣が装着される。
ガキン!
私は、飛び込んできた騎士の一人の突きを、愛剣で弾き返す。だが間髪入れずに、横から別の騎士が襲い掛かってきた。
「くっ……キリがない!」
兵士たちの悲鳴と、肉が裂ける生々しい音、そして、血の匂いが、狭い塹壕の中に充満していく。我らの兵は、数では勝っている。だが、死を恐れぬ狂信者の突撃は、あまりに、あまりに熾烈だった。
一人を倒しても、すぐに二人、三人と、白い亡霊が、我らに襲い掛かってくる。
じりじりと、戦線が後退していく。このままでは、突破される……!
(これが、神に仕える者の戦いだとでもいうのか!)
私が、歯を食いしばり、次の敵へと剣を構えた、その時。
僕の目の前で、一人の若い兵士が、白い騎士の銃剣に、胸を貫かれた。
「ぐ、あ……」
絶望が、私の心を、支配しかけていた。
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