第155話 嘆きの大平原の戦い
【シュタウフェン男爵視点】
『アヴァロン帝国歴170年 2月6日 嘆きの大平原 朝』
夜が明けた。
我ら保守派連合軍一万五千の前に広がるのは、どこまでも続く、だだっ広い平原。そして、その遥か向こうに、敵であるライル軍の、みすぼらしい土の防衛線が見えた。
「フハハハ! 見ろ、あの土竜どもを! 我らの突撃を恐れ、穴の中に隠れることしかできぬか! 卑怯者めが!」
わたくし、シュタウフェン男爵は、高らかに笑い飛ばしてやった。
そうだ。奴らは、我らが誇る『紅蓮騎士団』の、鋼鉄の蹄が恐ろしいのだ。ならば、その恐怖を存分に味わわせてやればよい。
「全軍、前進! あの、みすぼらしい土の山ごと、踏み潰してしまえ!」
わたくしの号令一下、連合軍は、整然と隊列を組み、ゆっくりと前進を開始した。
だが、我らが、敵の射程に入るよりも、ずっと手前で。
空から、奇妙な、甲高い口笛のような音が、降り注いできた。
「……? なんの音だ?」
わたくしが空を見上げた、その瞬間だった。
我らの密集した隊列の、ど真ん中で。
何の前触れもなく、いくつもの巨大な火柱が、轟音と共に、天へと突き上がったのだ。
ドッガアアアアン!
凄まじい爆発が、大地を揺るがし、兵士たちの体を、まるで紙切れのように、宙へと吹き飛ばす。それは、ただの爆発ではない。無数の鉄片を撒き散らし、周囲の者たちの肉体を、容赦なく引き裂いていく、悪魔の兵器。
「ひいっ!」「敵はどこだ!」「空から、死が降ってくるぞ!」
見たこともない、あまりに一方的な攻撃に、我らの軍は、一瞬にして、混乱の渦へと叩き込まれた。
「怯むな! これは、あの田舎王の、卑劣な罠だ! 騎士の誇りを見せよ! 突撃だァァッ!」
わたくしは、馬上で剣を抜き放ち、半ば狂乱状態で叫んだ。
その声に応じ、帝国最強と謳われた紅蓮騎士団が、最後の誇りをかけて、敵の塹壕線へと、突撃を開始する。
だが、それこそが、本当の地獄への入り口であった。
【ライル視点】
『同日、同刻、ライル軍本陣』
僕は、後方の丘の上に設けた本陣から、望遠鏡で、その光景を、ただ、静かに見つめていた。
(……始まったか)
「迫撃砲隊、第二波、射撃用意。座標B-5、敵後続部隊を、徹底的に叩け」
僕の冷たい命令に、隣に控えるヴァレリアが、無言で頷き伝令へと指示を飛ばす。
眼下では赤い鎧の騎士たちが、必死の形相で僕たちの塹壕へと迫ってきていた。
(ごめんね。でも、君たちが、僕の家族に牙を剥いたんだ)
僕は静かに、そしてはっきりと次の命令を下した。
「全ライフル兵、射程に入り次第、自由射撃を許可。……一人、残らずだ」
次の瞬間。僕たちの塹壕線から、一斉に、千の銃口が火を噴いた。
それは、もはや「戦い」ではなかった。
一方的な「作業」。
突撃してくる騎士たちは、何が起きているのかも理解できぬまま、その分厚い鎧を、紙のように貫かれ、次々と、馬から崩れ落ちていく。
一発、二発、三発……。熟練した僕の兵士たちは、伏せたまま、冷静に、そして機械的に、ボルトを引き、薬莢を排出し、次弾を装填し、そして、引き金を引く。その、絶え間なく続く死の連鎖の前に、帝国最強の騎士団は、わずか数分で、ただの、動かぬ鉄の塊の山と化していた。
やがて平原には、武器を捨て泣き叫びながら逃げ惑う、敗残兵の姿だけが残った。
僕はその光景から、静かに目をそらすと最後の命令を下した。
「……追撃は、するな」
ヴァレリアが、意外そうな顔で僕を見る。
「もう十分だろう。この戦いは僕たちの勝ちだ」
帝国の、そして騎士の時代の終わりを告げる、硝煙の匂いだけが、嘆きの大平原に、静かにそして重く立ち込めていた。
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