第154話 戦士たちの夜【帝位継承戦争編】【終盤 帝国の審判】
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴170年 2月5日 嘆きの大平原・野営地 夜 星空』
決戦を翌日に控えた、夜。
僕たちの野営地は、不思議なほどの静寂に包まれていた。焚き火の炎が、兵士たちの顔を、静かに照らし出している。彼らの顔に、恐怖の色はない。ただ、明日、この手で、この国の未来を掴むのだという、静かで、しかし鋼のような決意だけがそこにはあった。
僕は自分の司令部の天幕の中で、仲間たちと最後の作戦会議を行っていた。
「敵軍、完全に我らの罠にはまりました。明日、日の出と共に、この平原に全軍が到達するでしょう」
ヴァレリアの冷静な報告。その隣でユーディルが影の中から静かに頷く。
「我が『影』たちも、配置についております。敵陣の混乱を、最大限に増幅させてご覧にいれましょう」
「二人ともありがとう。明日は頼んだよ」
僕の言葉に二人は力強く頷いてくれた。その時伝令兵が、一通の紙を手に天幕へと入ってきた。ハーグにいるアシュレイからの手紙だった。
『ライル、あんたの分のチーズケーキ、ちゃんと取ってあるからね! さっさと帰ってきなさい! 子供たちも、待ってるっスよ』
その、あまりにいつも通りの飾り気のない言葉に、僕の口元が自然と緩んだ。
そうだ。僕たちが戦う理由は、いつだって、この、当たり前の日常を守るためなんだ。
会議が終わり、僕は一人天幕の外へ出た。
凍てつくような夜の空気の中、ランベール侯爵が、一人東の空を眺めていた。
「ライル殿。いよいよですな」
「……はい」
「案ずるな。我がランベール家の騎士たちは、貴殿の盾となり、最後まで戦い抜く。ヴァレリアのためにも、そして、我が孫、フェリクスのためにもな」
「ありがとうございます、侯爵。でも、無理はしないでください。あなたも、僕の大切な家族なんですから」
僕の言葉に厳格な武人である侯爵が、ほんの少しだけ、照れたように顔をそむけた。
僕は一人、野営地の外れにある小高い丘の上へと登った。
眼下には仲間たちの、無数の焚き火の光が広がり、そして、その向こうには明日、血で染まるであろう広大な闇の平原が横たわっている。
(……長かったな。でも明日で、全部終わる)
もはや、僕の心に迷いはなかった。
(伝統? 名誉? 血筋? そんな、お腹の足しにもならないもののために、どうして、人は血を流すんだろう。もう、うんざりだ)
僕は、星が降るような夜空を見上げた。
「僕のやり方で、このくだらない戦いを終わらせる」
そしてみんなで、ハーグに帰るんだ。
温かい豚汁とアシュレイのチーズケーキが待ってる、僕たちの家に。
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