第153話 決戦の地へ【中盤 偽りの正義 閉幕】
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴170年 1月30日 ライル軍作戦司令部 夜』
帝都、ランベール侯爵の屋敷の一室。その壁に広げられた巨大な軍事地図を、僕の仲間たちが、厳しい表情で見つめていた。
黒幕の正体は、はっきりした。だが、問題は、その見えない敵を、どうやって光の下へと引きずり出すか、だ。
「このままでは、我らは、東方諸侯という『盾』の背後から、聖浄騎士団に、じわじわと消耗させられるだけです」
ヴァレリアの冷静な分析に、ランベール侯爵も、深く頷く。
僕は、皆の顔を見回すと、静かに、地図の一点を指さした。
「……ここに、奴らを、おびき出そう」
僕が指さしたのは、『嘆きの大平原』と呼ばれる、広大な平原だった。帝都と、東方諸侯の領地との、ちょうど中間に位置する、何の変哲もない場所。
「ライル様? しかし、あそこは……身を隠す遮蔽物もほとんどない、あまりに開けた土地。大軍同士の決戦には、不向きかと」
ヴァレリアの当然の疑問に、僕は、静かに首を横に振った。
「普通の戦いならね。でも、僕たちの戦い方は、違う」
僕は、仲間たちの顔を、一人一人、見回した。
「僕たちに必要なのは、敵を遠くから、一方的に叩けるだけの、だだっ広い『射撃場』なんだ。そして、ここには、僕たちの生命線である鉄道が、すぐそばを通っている。補給には、もってこいの場所だ」
そして、僕は、この戦いを終わらせるための、一つの大きな『芝居』を、提案した。
「まず、僕たちの主力部隊が、わざと、帝都から少しだけ後退する。見せかけの、敗走だ」
「なっ……!?」
「同時に、ユーディルに、偽の情報を流してもらう。『ライル軍、兵站に問題発生。士気低下し、ハーグへ撤退を開始』とね。追撃の絶好の機会だと、奴らは必ず、この平原まで、僕たちを追ってくるはずだ」
僕の、あまりに大胆な、しかし、緻密に計算された罠。
司令部の天幕の中が、一瞬の静寂の後、熱を帯びた興奮に包まれた。
「なるほど……! その平原なら、我らの新型迫撃砲の射程を、最大限に活かせます! 見事なご判断です、ライル様!」
「承知。敵の傲慢さと、功を焦る心を利用する……。実に、効果的な罠ですな」
ヴァレリアとユーディルが、即座にその意図を理解し、賛同の意を示す。ビアンカもまた、商人の目で、素早く算盤を弾いていた。
「お任せください! 鉄道を駆使し、決戦に必要な全ての物資を、平原の背後に、秘密裏に集積させてみせますわ!」
皆の心が、一つになった。
僕は、静かに、そして力強く、最後の命令を下した。
「――作戦開始だ」
数日後。ライル軍敗走の報せは、瞬く間に、保守派連合軍の元へと届いた。
彼らは、我先にと、功を競い、罠とも知らず、『嘆きの大平原』へと、その軍勢を進め始めた。
その中には、もちろん、漁夫の利を得ようとする、大司教バルバロッサの『聖浄騎士団』の姿も、紛れていた。
(待ってろよ、保守派の皆さん。そして、その裏にいる、敬虔な顔をした悪魔様)
僕は、後退する軍の、一番後ろから、迫りくる敵の砂塵を、冷たく見つめていた。
(君たちのための、最高の舞台を、用意してあげるから)
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




