第152話 黒幕の特定
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴170年 1月28日 深夜 凍てつくような静寂』
帝都、ランベール侯爵の屋敷。その最も警備が厳重な一室で、僕たちは、一つの報告を待っていた。
部屋の空気は、張り詰めた弓の弦のように、静かで、そして冷たい。窓の外では、冬の星々が、氷の粒のように瞬いていた。
やがて、部屋の隅の影が、ゆらり、と揺れた。音もなく現れたユーディルとノクシアちゃん。その表情は、普段にも増して、硬く、そして険しい。
「……閣下。全て、判明いたしました」
ユーディルの、静かだが、重い声が、部屋の静寂を破った。
彼は、テーブルの上に、数枚の紙と、一つの証拠品を置く。
「まず、先日、両殿下を襲撃した暗殺者。彼らの身元は、東方諸侯とは、一切の関係がございませんでした」
「なに……!?」
隣に座るランベール侯爵が、驚きの声を上げる。
「彼らが所属しておりましたのは、今、東方の各地で『異端狩り』と称して、非道の限りを尽くしているという、女神教の過激派組織……『聖浄騎士団』。これに、間違いございません」
ユーディルは、次に、一枚の帳簿のようなものを広げた。
「ビアンカ殿の協力も得て、奴らの金の流れを追いました。東方の村々から略奪した富は、保守派連合の軍資金にはなっておりませんでした。それは、いくつもの偽りの名義を経由し、ただ一つの場所へと、集められていたのです」
その場所の名を、僕は、聞かなくてもわかっているような気がした。
「聖都、アウグスタ。そして……」
ユーディルは、最後に、一枚の人物画を、テーブルの中央に置いた。そこに描かれているのは、慈愛に満ちた、穏やかな笑みを浮かべる、一人の聖職者。
「この度の内乱、その全ての混乱の裏で糸を引き、皇帝陛下を暗殺し、東方諸侯を扇動し、そして、両殿下の命を狙った、真の黒幕。……大司教、バルバロッサ。彼でございます」
その名が告げられた瞬間、ノクシアちゃんが、静かに、しかし、心の底からの侮蔑を込めて、呟いた。
「バルバロッサ……。奴は、古くからの闇の血族。光の衣をまとい、女神を騙り、己の野心を満たすことしか考えぬ、最も穢れた魂を持つ者じゃ」
(あの男……。全部、あの男が、裏で糸を引いていたのか。ユリアンの死も、このくだらない戦争も、全部……!)
僕の中で、静かだった怒りが、灼熱の溶岩のように、沸騰していく。
あの、偽物の敬虔さ。偽物の涙。偽物の祈り。その全てが、僕たちを、帝国を、掌の上で踊らせるための、ただの芝居だったというのか。
「……わかった。敵の正体は、はっきりしたな」
僕が顔を上げると、その場の全員が、僕の目を、固唾をのんで見つめていた。
僕は、地図の上に、指を置いた。敵、保守派連合軍が陣を敷く、『嘆きの大平原』。
「まずは、目の前の駒からだ」
僕の声は、自分でも驚くほど、静かで、そして冷たかった。
「東方諸侯を叩き、それから、大司教様の首を、もらいに行く」
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