第151話 神の名の下の略奪
【農夫クラウス視点】
『アヴァロン帝国歴170年 1月20日 東方・とある村 吹雪』
吹雪が、わたくしたちの貧しい村を、容赦なく打ち付けておりました。
じゃが、本当に恐ろしかったのは、空から降る雪ではございません。その日、わたくしたちの村にやってきた、あまりに神々しく、そして、あまりに無慈悲な、純白の騎士たちでございました。
彼らは、自らを『聖浄騎士団』と名乗りました。帝国の秩序を乱す逆賊ライルを討つための、女神が遣わした軍勢だと。わたくしたちは、その神々しい姿に、救いが来たと信じ、ひれ伏して歓迎いたしました。
ですが、彼らがもたらしたのは、救いではなく、絶望でございました。
「――この村の者たちは、女神への信仰が足りておらぬ! よって、その罪を、財産をもって贖うがよい!」
騎士団長がそう叫ぶと、兵士たちは、わたくしたちの家々へ、土足で踏み込んできたのです。
「ま、待ってください! これは、冬を越すための、最後の芋にございます!」
「その銀貨は、娘の嫁入りのために、何年もかけて貯めた……!」
わたくしたちの悲痛な叫びは、彼らには届きませぬ。
彼らは、わたくしたちから、けして豊かではない食料と、なけなしの財産を、「聖戦への寄進」という、あまりに身勝手な名目で、奪い去っていきました。抵抗しようとした若者は、「異端者」として、容赦なく剣の柄で打ち据えられました。
(なぜ……? 我らは、毎日女神様に祈りを捧げてきたというのに……)
雪の中に立ち尽くし、遠ざかっていく純白の軍勢の背中を、わたくしは、ただ、呆然と見送ることしかできませんでした。
彼らが掲げる、神聖なる女神の御旗が、まるで、悪魔の笑みのように、歪んで見えました。
【ピウス七世猊下視点】
『アヴァロン帝国歴170年 1月25日 聖都アウグスタ 雪』
静かな執務室に、わたくしの密命を受け、東方諸侯領へ潜入していた修道士マッテオが、震える声で報告を続けておりました。
「……彼らは、『異端狩り』と称し、民から食料を、財産を、そして時には、その命すらも、女神の名の下に、奪っております。もはや、あれは騎士団ではございません。神の威光を傘に着た、ただの略奪者集団にございます……。それに比べればライル殿は聖人です」
マッテオが、懐から、一つの小さな木彫りの人形を、そっと机の上に置きました。それは、幼い子供が、父親のために作ったであろう、拙く、しかし愛情に満ちた、兵士の人形。
「これは、ある村で、娘の目の前で『異端者』として連れ去られた父親が、最後まで握りしめていたものだ、と……」
その、あまりに無垢な人形を前に、わたくしの心の中で、何かが、ぷつりと、音を立てて切れました。
(バルバロッサめ……! 貴様は、女神の名を、ただの略奪のための口実にまで貶めたか! 断じて、断じて許せん……!)
教会が二つに割れる? 上等。
信徒が、わたくしではなく、奴の『正義』を支持する? それでも、構わぬ。
これ以上の冒涜は、このわたくしが、女神の代理人として、断じて許してはならぬのだ!
わたくしは、マッテオを、まっすぐに見据えました。その瞳には、もはや、迷いも、苦悩もございません。あるのは、悪を断罪するための、鋼のような意志だけ。
「マッテオ。お主、急ぎ、帝都へ向かえ」
「はっ」
「ランベール侯爵に、わたくしからの親書を。そして……ライル侯爵にもだ」
わたくしは、新しい紙を取り寄せると、そこに、ただ、一言だけ、こう記しました。
「……『神は、もはや沈黙されない』と、そう伝えよ」
帝国の信仰を守るための、わたくしの、最後の戦いが、今、始まろうとしておりました。
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