第150話 闇ギルドの暗躍
【ユーディル視点】
『アヴァロン帝国歴170年 1月15日 保守派連合軍本陣、近くの森 夜 新月』
月明かりすらない、真の闇夜。わたくし、ユーディルは、凍てつくような冬の森の木の上から、眼下に広がる敵……保守派連合軍の本陣を、静かに見下ろしておりました。
焚き火の光が、無数に揺らめいている。装甲列車による鉄道防衛が成功して以来、敵は攻めあぐね、その動きは完全に停滞しておりました。
(愚かなる貴族どもよ。貴様らの結束など、所詮は砂上の楼閣。このユーディルが、その土台から、静かに崩してくれよう)
わたくしの戦場は、決して、剣や銃が火花を散らす場所ではございません。わたくしの武器は、インクと紙、そして、人の心に巣食う、疑念という名の毒。
わたくしは、闇に生きる我が配下の一人、「影」に、最初の指示を伝えます。
「シュタウフェン男爵の陣営に、これを『偶然』、発見させろ」
わたくしが渡したのは、一枚の羊皮紙。そこには、ヴェネディクト侯爵の花押が、寸分違わず模倣されており、彼の配下である騎士団長に対し、「損害を避けよ。これは、我らの力を温存するための、戦略的後退である」と、偽りの命令が記されておりました。
翌日。案の定、敵陣は、内側から揺らぎ始めます。
「ヴェネディクト侯め! 我らを見捨て、己の兵だけを温存するつもりか!」
シュタウフェン男爵が、作戦会議の席で、激昂したとの報せが、すぐにわたくしの元へ届きました。プライドだけは高い、あの短気な男を操ることなど、赤子の手をひねるより容易い。
だが、これは、まだ序の口。
次の標的は、強欲で知られる、グリメルスハウゼン伯爵。
わたくしは、配下の者に、一冊の偽の帳簿を、彼の天幕に忍び込ませました。そこには、彼が軍の兵糧を横流しし、私腹を肥やしているという、あまりに具体的な記録が、几帳面な文字で綴られております。
そして、その情報を、彼の領地を虎視眈々と狙う、別の貴族の耳へ、そっと流してやるのです。
「な、なんだこれは! グリメルスハウゼン伯が、我らを裏切っておったとは!」
数日後、グリメルスハウゼン伯爵は、横領の罪で、他の貴族たちから糾弾され、その地位を追われることとなりました。
一つの小さな嘘が、疑心暗鬼という名の伝染病となって、敵陣営を、確実に蝕んでいく。
もはや、彼らは、ライル様と戦う前に、隣にいるはずの味方を、疑わずにはいられない。
わたくしは、眼下で、貴族同士が互いに怒声を浴びせ、掴み合いを始める、その無様な光景を、冷たく見下ろしておりました。
そして、我が主、ライル様が待つ本陣へ、一羽の伝書鳩を放ちます。
その脚に結ばれた、短い報告書。
『――巣は、内より崩れ始めたり』
(ククク……。これぞ、我が戦場。血を流さずして、敵を滅ぼす)
我が主、ライル様。貴方様の天下への道、このユーディルが、影より掃き清めてご覧にいれましょう。
わたくしは、闇の中で、ほんのわずかに、口の端を歪めたのでございます。
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