第15話 ニヴルガルド砲撃戦
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴157年 5月20日 朝 快晴』
スカルディアの地で雪解けを待った我々は、ついにドラガル王の本拠地、ニヴルガルドの城塞の前に布陣した。天を突くほどに高い城壁は、かつてのドラガル王の権勢を誇示しているようだったが、どこか脆さを感じさせる、見栄っ張りのような壁にも見えた。その上には、五千の兵士たちがずらりと並び、緊張した面持ちでこちらを睨みつけている。
ヴァレリアの冷静な指揮のもと、僕たちの切り札である二百門の大砲が、城壁の射程ぎりぎりの位置に整然と並べられていく。馬から降ろされ、砲口を城壁に向け、黒光りするその姿は、まるで伝説の竜が牙を剥いているかのようだった。その異様な光景に、城壁の上のドラガル軍が明らかに動揺しているのが、遠目にも見て取れた。
砲撃準備が整う中、僕は馬に乗り、全軍の前に進み出た。これが、僕にとって初めての、王としての演説だった。
「兵士たちよ! よく聞いてほしい! 我々は、この地に略奪に来たのではない! 分裂した北方の地に、真の平和を取り戻すために来たのだ!」
僕の声は、震えてはいなかった。不思議と、言うべき言葉がはっきりと頭に浮かんでいた。
「あの城壁の向こうには、我々と同じ、ただ平和に暮らしたいと願う民がいるはずだ! 我々の目的は、無益な殺戮ではない! 恐怖によって民を支配する、ただ一人の王を屈服させ、新たな秩序を打ち立てることにある! 皆の力を、僕に貸してほしい!」
僕が言い終えると、一瞬の静寂の後、ゼルガノス団長を筆頭に、兵士たちから地鳴りのような鬨の声が上がった。
「「「オオオオオオオオオッ!」」」
その声援を背に、僕は静かに右手を振り下ろした。それが、開戦の合図だった。
「全門、一斉射!」
ヴァレリアの凛とした号令が、戦場に響き渡る。
次の瞬間、世界が終わるかのような轟音が、大地そのものを揺るがした。二百門の大砲が一斉に火を噴き、空は一瞬にして黒い煙に覆われる。二百の灼熱の点が、唸りを上げて流星群のようにニヴルガルドの城壁へと殺到した。
着弾。
ただの石の塊を飛ばしただけである。だがその威力はすさまじい。
悲鳴を上げる暇すらなく、あれほど高くそびえていた城壁の一部が、まるで砂の城のように、いとも簡単に崩れ落ちた。凄まじい土煙が舞い上がり、城壁の上にいた兵士たちが、紙くずのように宙を舞うのが見えた。
だが、悪夢はそれだけでは終わらない。
「第一列、射撃後退! 第二列、前へ! 射撃用意!」
ヴァレリアの指示で、一斉射撃を終えて破損した大砲は即座に放棄され、後方に控えていた予備の砲がすぐさま前進する。そして、第二波、第三波の砲撃が、間断なく、ただひたすらに城壁へと叩きつけられていく。
それは、もはや戦闘ではなかった。一方的な、破壊だった。
やがて、まだ原型を留めていた城壁の一番高い塔から、みすぼらしい白旗が力なく振られたのが見えた。
ニヴルガルド城内、ドラガルの玉座の間は、静寂に包まれていた。玉座に力なく座るドラガル王には、かつての覇気は微塵も感じられない。その目は虚ろで、まるで抜け殻のようだった。
「ドラガル殿、スカルディアのすべての財産の返還を求めます!」
フリズカ王女が、スカルディアから奪われた財産の返還を要求すると、ドラガルは無言で頷いた。ヴァレリアが、ドラガルが「公」の位に下り、僕を新たな「北方の王」として認めるよう要求すると、それもまた、力なく受け入れた。
すべての条件が決まったかと思われた、その時だった。玉座の脇に控えていたドラガルの娘、ヒルデが、静かに僕たちの前に進み出た。
「……父の罪は、私の罪でもあります。すべての責任は、私が負います」
彼女は、その場で深く膝をついた。
「どうか……この私を、新たな北方の王、ライル様の奴隷としてお召し上げください。それが、我らフリムニルの一族としてできる、唯一の償いの形でございます」
(えっ、奴隷!? そんなこと……)
僕が戸惑っていると、隣にいたフリズカが、僕の耳元でそっと囁いた。
「ライル様、お受けください。これは、北の民の古くからの流儀。敗者の長の一族が、勝者にその身を捧げることで、完全なる和解が成立するのです。彼女の覚悟を、無下になさってはなりません」
ヒルデの、すべてを受け入れたような静かな瞳を見て、僕は、もう何も言えなかった。こくりと頷くのが、僕にできる精一杯だった。
こうして、ほとんど血を流すことなく、ニヴルガルドは開城された。
僕は、ドラガル公、フリズカ、そして新たに僕のそばに仕えることになったヒルデを伴い、ニヴルガルドの民の前に姿を現した。ドラガル公が、か細い声で、僕が新たな「北方の王」であることを宣言する。
民衆の中から、最初は戸惑いの声が、やがて、誰からともなく「ライル王、万歳!」という歓声が上がり始め、それは次第に大きなうねりとなっていった。
(……本当に、僕が、王様になっちゃった……)
その熱狂的な歓声を聞きながらも、僕にはまだ、まったく実感が湧いていなかった。
ただ、この北の地に、ようやく長く続いた戦乱の終わりと、平和の訪れが来たことだけは、確かだった。
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