第148話 鉄の道への妨害
【ヴェネディクト侯爵視点】
『アヴァロン帝国歴169年 12月21日 保守派連合軍本陣 夜』
絶望。それが、この作戦司令部の空気を支配する、唯一の言葉であった。
先日の前哨戦における、鉄鷲騎士団の壊滅的な敗北。その報せは、我ら保守派連合の士気を、根底から叩き折っていた。
「おのれ、ライルめ! あの農民どもめが! 騎士の誇りも知らぬ、卑怯者どもが!」
シュタウフェン男爵が、悔しさに顔を歪め、テーブルを拳で叩く。他の諸侯たちもまた、恐怖と怒りに顔を青くさせ、ただ無意味な罵詈雑言を繰り返すばかり。
わたくしは、その愚かな光景を、冷たい目で見つめていた。
(……まだ、わからぬか。時代の流れというものが)
わたくしは、静かに席を立った。その場の全員の視線が、わたくしへと集まる。
「皆様、お静まりいただきたい。もはや、正面から戦うは、自殺行為に等しい」
「な、何を弱気なことを申すか、ヴェネディクト侯!」
「弱気ではございません。現実です」
わたくしは、我が領地で、アシュレイ工廠から購入した数丁のライフルを、秘密裏に試射させていた。その威力は、まこと、騎士の誇りを、紙くずのように打ち砕く。正面からぶつかる愚を、この中で唯一、わたくしだけが、正確に理解していたのだ。
「彼らの強さの源泉は、武器だけではない。その武器と兵糧を、途切れることなく前線へ送り届ける、あの『鉄の道』にこそある。ならば、我らが叩くべきは、軍勢ではない。その血管だ」
わたくしは、広げられた地図の上、帝都とハーグを繋ぐ一本の線を、指先で、強く、なぞった。
「これより、我らはゲリラ戦に移行する。小規模な精鋭部隊を編成し、夜陰に乗じて、あの鉄の道を、寸断するのです。補給さえ断てば、いかにライル軍とて、ただの孤立した獣。干上がるのを待つだけでよい」
わたくしの、冷徹な、しかし、唯一の勝機に満ちた提案に、絶望に沈んでいた諸侯たちの目が、初めて、かすかな光を宿した。
陪席していた大司教バルバロッサが、満足げに、深く頷くのが見えた。
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴169年 12月25日 ライル軍前線司令部 昼』
帝都近郊に設けた、前線司令部。そこに、衝撃的な報せが舞い込んできたのは、昼食の豚汁を、ちょうど食べ終えた頃だった。
「申し上げます! 昨夜、ハーグより帝都へ向かっていた第9補給列車が、森林地帯にて、何者かによって鉄橋を爆破され、脱線! 積荷のほとんどが、焼失したとのことにございます!」
伝令兵の悲痛な叫びに、司令部の天幕の中が、凍りついた。
「なんですって!?」
兵站計画の責任者であるビアンカが、血相を変えて地図の前に駆け寄る。
「そんな……! あの鉄橋がなければ、大きく迂回するしかありません! 補給が、少なくとも三日は遅れますわ!」
ヴァレリアもまた、厳しい表情で腕を組んだ。
「補給がなければ、我らはこの地に釘付けにされます。長期戦になれば、兵の士気にも関わる。敵は、我らの弱点を、正確に突いてきましたな」
(そっかあ……。ただ、まっすぐ進むだけじゃ、ダメなんだ)
僕は、スプーンを置くと、静かに立ち上がった。
(この、意地悪な戦いにも、ちゃんと、付き合ってあげないといけないんだな)
僕は、広げられた地図を、じっと見つめた。そこには、蛇のように長く、そして、あまりに無防備な、僕たちの生命線が、描かれていた。
敵が、新しい戦い方を仕掛けてきた。ならば、僕も、新しいやり方で、それに応えるしかない。
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