第145話 ヴィンターグリュンの全力
【アシュレイ視点】
『アヴァロン帝国歴169年 12月15日 昼 雪』
窓の外では、しんしんと雪が降り積もり、ハーグの街を白く染めている。だが、この『アシュレイ工廠』の中は、別世界だった。
ごう、と唸りを上げる溶鉱炉の熱気。規則正しく、しかし力強く打ち下ろされる蒸気ハンマーの轟音。そして、鉄が削れる甲高い音と、人々の活気に満ちた怒声。ここが、今、この国の心臓部だった。
「第五ライン、ライフリングの精度が甘いっスよ! クララちゃん、もう一度検品!」
「エックハルトさん! 迫撃砲の砲身、納期は明日まで! 間に合わなかったら、あんたのその頑固な頭で、大砲の弾、受け止めてもらうっスからね!」
私は、工場内に張り巡らされた足場の上を、飛び回るようにして指示を飛ばしていた。
ライルが、帝都で、国の未来を賭けた戦いをしている。私にできることは、ただ一つ。この場所で、世界で一番強くて、世界で一番頼りになる『玩具』を、一丁でも多く、一門でも多く、作り上げることだ。
「ヒャッハー! もっとだ! もっと数を揃えるっスよ! ライルたちが、帝都で安心して喧嘩できるようにね!」
私の声に応えるように、職人たちが、雄叫びと共に槌を振るう。
流れ作業で組み立てられた新型ライフルが、完成検査を終え、次々と出荷用の木箱へと詰められていく。その隣では、ずんぐりとした、しかし圧倒的な破壊力を秘めた新型の迫撃砲が、その黒い砲身を、静かに天に向けていた。
これらが、私たちの『答え』だ。古い伝統だの、血筋だのにしがみつく、頭の固い貴族どもに、新しい時代の本当の力の形を、思い知らせてやるためのね。
【ビアンカ視点】
『同日、ハーグ駅・中央司令室 午後 雪』
ハーグ駅に新設された、中央司令室。その壁一面に広げられた巨大な鉄道網の地図を、わたくしは、まるで戦場の指揮官のように、鋭い視線で見つめておりました。
(……完璧だわ)
帝都までの、長い距離。その鉄の道を、赤い線、青い線、黄色い線が、まるで生き物の血管のように、絶え間なく行き交っている。
兵士を乗せた軍用列車。食料となる缶詰を、山と積んだ貨物列車。そして、アシュレイ工廠から、出来立ての銃と弾薬を、前線へと送り届ける、最優先の特別急行。
「第7列車、兵員輸送、定刻通り帝都に向け出発! 第8列車、缶詰及び弾薬、積載完了次第、後を追わせなさい!」
わたくしの号令一下、部下の者たちが、慌ただしく、しかし正確に、指示を伝達していく。
東方諸侯との戦いは、もはや、どちらが多くの兵を集められるか、という古い時代の戦いではございません。どちらが、その兵士たちに、途切れることなく飯を食わせ、弾を補給し続けられるか。その、兵站……ロジスティクスの戦い。
(かつてない規模の兵站計画……。だが、これこそが、わたくしの腕の見せ所。ライル様の戦いは、わたくしの数字と算段が、支えてみせるわ!)
帝国の誰もが、まだ気づいていない。
本当の戦争は、剣や銃が交わされる戦場だけで、行われているのではないのだと。
この、鉄の道こそが、帝国の未来を決める、真の戦場なのだということを。
わたくしは、地図の上で、力強く前進を続ける、ヴィンターグリュン王国の駒の動きを、満足げに、そして不敵に、見つめておりました。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




