第144話 帝国、二分す【帝位継承戦争編】【中盤 偽りの正義】
【シュタウフェン男爵視点】
『アヴァロン帝国歴169年 11月29日 朝 曇り』
帝都の、とある屋敷の一室。我が主君、故ダリウス公爵の肖像画の前で、わたくしは、今しがた届いたばかりの報告を、勝ち誇ったように読み上げておりました。
「フハハハ! あの田舎者が、ついに自ら墓穴を掘ったわ! あのライルめが、我らに対し、兵を動かす準備を始めたとのこと!」
わたくしの声に、同席していたグリメルスハウゼン伯爵も、満足げに頷く。そして、我らの新たな味方となった、ヴェネディクト侯爵が、冷静に、しかし確かな興奮を込めて言った。
「ならば、話は早い。我らも、大義名分を得たというわけですな。これより、帝国の秩序を乱す『逆賊ライル』を討伐する、と。東方の諸侯たちへ、ただちに檄文を飛ばしましょう」
「うむ! そして、この戦、必ずや勝利せねばならん! ライル軍の力、侮れませぬ故、我らも、全軍を集結させる!」
そうだ。これで、あの忌々しい農民王を、帝国の敵として、公然と葬り去ることができる。
わたくしたちは、互いの顔を見合わせ、邪悪な、しかし確かな勝利への確信に満ちた笑みを、浮かべたのでございます。
【ピウス七世猊下視点】
『アヴァロン帝国歴169年 12月2日 聖都アウグスタ 冷たい雨』
聖都の、大聖堂。その最も神聖なる礼拝室で、わたくしは、ただ、ひたすらに祈りを捧げておりました。
わたくしの手元には、帝都から届いた、二つの報告書が置かれております。一つは、ライル侯爵が、亡き皇帝との約束を果たすため、軍を動かしたという報せ。もう一つは、東方諸侯が、帝国の秩序を守るため、それに応じる形で、兵を集めているという報せ。
(おお、女神よ。この帝国を、どこへお導きになるおつもりか……)
どちらが、正義か。どちらが、悪か。
ライル侯爵がもたらした富と自由は、確かに民を喜ばせた。私自身も試してみたが、なかなか悪い物ではない。じゃが、それは同時に古き良き伝統と、敬虔なる心を、蝕むこともまた事実。
一方、東方諸侯が掲げる秩序は、あまりに血の匂いがしすぎる。その背後で蠢く、バルバロッサら過激派の影も、わたくしは感じておった。
(どちらの正義も、人の血を求め、この帝国を二つに引き裂こうとしておる……)
わたくしは、決意いたしました。
この日、わたくしの名において、帝国全土の教会へ、一つの布告が発せられました。
『女神は、同胞の血が流されることを望んでおられない。全信徒よ、今はただ、帝国の平和のため、静かに祈りを捧げなさい』と。
それは、中立の表明であり、そして、この愚かなる戦を始めようとする、全ての者たちへの、わたくしからの、最後の警告でございました。
【ヴァレリア視点】
『アヴァロン帝国歴169年 12月10日 帝都・ランベール侯爵邸 晴れ』
我が父、ランベール侯爵の屋敷の中庭は、今や、一つの巨大な軍事拠点と化していた。
鉄道を使い、ハーグからピストン輸送されてくる兵士たちが、寸分の狂いもない動きで隊列を組み、天幕を張り、野営の準備を進めている。彼らの顔に、悲壮感はない。あるのは、自らの王と、家族と、そして国を守るのだという、静かな誇りだけだ。
「ヴァレリア団長! 斥候より報告! 敵、東方連合軍、およそ一万五千! 帝都の東、大平原に、布陣を完了したとのことにございます!」
「……そうか。ご苦労」
伝令兵の報告に、私は静かに頷いた。
数では、我らが不利。じゃが、負ける気は、微塵もなかった。
私は、東の空を、強く、睨みつけた。
(待っていろ、古き時代の亡霊ども。貴様らが誇る騎士の栄光ごと、我らが王の、新しい時代の力で、全て、打ち砕いてくれる)
帝国の運命を賭けた、二つの軍勢。
その激突の時は、もう、目前に迫っていた。
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