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第14話 スカルディア進軍

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴157年 4月15日 朝 晴れ』


 長く厳しい冬が終わり、北方の地にようやく春の兆しが見え始めた日。僕、ライル・フォン・ハーグが率いる軍勢は、ハーグの城門から、スカルディアの地を目指して北進を開始した。


 その光景は、壮観の一言に尽きた。先頭を行くのは、ゼルガノス団長率いる屈強な歩兵五千。その後ろには、ユーディルが指揮する千の騎兵隊が、影のように静かに続く。


 そして、何よりも異彩を放っていたのが、ヴァレリアが率いる砲兵二千と、二千頭の馬が引く二百門の『大砲』だった。大地を軋ませながら進むその姿は、帝国史上、誰も見たことのない異様な光景だったに違いない。


「砲兵隊、前進! 砲門同士の間隔を保て! ぬかるみに車輪を取られるな!」


 ヴァレリアの鋭い声が飛ぶ。一門につき十名の兵士がつき、指揮役、点火役、装填役、冷却役、弾薬運搬役と、それぞれの役割を黙々とこなしている。彼らは、冬の間に徹底的な訓練を積んだ、ハーグの新たな力だ。


 ハーグの留守は、闇の女教皇ノクシアに任せてきた。


「ノクシアちゃん、お願いね。街のことは頼んだよ」

「……うん。任せて。ここは、わたしたちの街だから」


 彼女は小さく頷いた。闇ギルドと影の信者が多いこの街では、彼女の言葉は僕の命令よりも、ある意味で重いかもしれない。


 進軍の途中、馬上で指揮官たちが集まった。参謀役のフリズカ王女が、険しい顔で地図を広げる。


「ライル様、斥候から報告です。前方の街道で、ニヴルガルド軍の輸送部隊を発見したとのこと。おそらく、スカルディアから略奪した物資を、本拠地へ運んでいるものかと……!」


「奴らは我らの獲物も同然! ライル様、ご命令を! 今すぐ我が歩兵隊で叩き潰してくれましょうぞ!」


 ゼルガノス団長が、斧の柄を握りしめて進言する。フリズカも、悔しそうに唇を噛み締めていた。


「父の……スカルディアの民の財産です! 取り返さねばなりません!」


 二人の意見はもっともだった。だが、僕は地図と、雪解けでぬかるんだ地面をじっと見て、静かに首を横に振った。


「……追撃はしません」


「なっ……なぜです、ライル様!?」


「待ってください。あの荷馬車を追えば、このぬかるんだ地面では、こちらの進軍速度が落ちます。もし、森に伏兵が潜んでいたら、格好の的になってしまう。それに……」


 僕は、フリズカの目をまっすぐに見つめて言った。


「あの荷物は、どうせニヴルガルドを落とせば、すべて僕たちのものになります。焦る必要はありません。今は、無駄な血を流さず、スカルディアへ着実に進むことだけを考えましょう」


 僕の言葉に、ゼルガノスは不満げな顔をしたが、ヴァレリアが静かに同意した。


「……閣下の判断は、合理的です。ここは、逸る気持ちを抑えるべきでしょう」


 その一言で、場の空気は落ち着いた。僕は、自分が総指揮官として、初めてまともな判断を下せたことに、少しだけ安堵していた。


 輸送隊をやり過ごし、数日後。僕たちは、ついにスカルディアの城壁を視界に捉えた。すると、驚いたことに、街の城門が内側からゆっくりと開かれていく。


「フリズカ様! 我らが王女、フリズカ様がお戻りになられたぞ!」

「解放軍だ! 『槍の英雄』ライル様が、我らを助けに来てくださった!」


 門から現れたのは、痩せこけた住民たちだった。彼らはフリズカの姿を認めると、涙ながらにその名を呼び、僕たちの軍勢を歓迎してくれた。ドラガルの悪政に、彼らは心底疲弊しきっていたのだ。


 僕たちは、歩ける者たちを保護し、より安全なハーグへと向かわせた。そして、動けない者たちには、持参した食料を少しだけ分け与えた。


 その夜、僕はスカルディアの城壁の上に立っていた。ひとまず、第一の目標は達成した。


「地面のぬかるみが乾くまで、ここで待機します。兵士たちも、長旅で疲れているはずだ。少し休みましょう」


 僕の言葉に、隣にいたフリズカが深く頭を下げた。


「ライル様……ありがとうございます。貴方様の冷静なご判断のおかげで、無駄な血を流さずに、故郷の土を再び踏むことができました」


 僕は、彼女に笑顔を返すと、ニヴルガルドのある北の空をじっと見据えた。


(最初の目標は達成した。でも……これからが、本当の戦いだ)


 北の空には、まだ冬の名残を思わせる、冷たい星々がまたたいていた。


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