第139話 ライルの約束と対立の始まり
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴169年 11月20日 昼 曇天』
僕の言葉が、水を打ったように静まり返った評議会室に響き渡る。
東方諸侯の顔が、みるみるうちに怒りで赤く染まっていく。最初に沈黙を破ったのは、やはり、あのシュタウフェン男爵だった。
「な、なんという……なんという不敬な! この神聖なる選帝侯会議の席で、亡き皇帝陛下との私的な約束を盾に、玉座を我が物にしようとは! 農民上がりの成り上がり者が、あまりに分をわきまえぬにも程がある!」
彼の怒声に、グリメルスハウゼン伯爵も、待ってましたとばかりに続く。
「左様! そもそも、アウレリアン殿下は、まだ十歳にも満たぬ御方。そのような幼き方を玉座につけ、自らはその後見人として、帝国を好きに操ろうという魂胆、見え透いておりますぞ!」
(……違う。僕は、そんなこと、少しも考えてない)
僕は、ただ、友達との大事な約束を、守りたいだけだ。権力なんて、面倒くさいだけなのに。どうして、この人たちは、そんな風にしか物事を考えられないんだろう。
僕は、反論するように、もう一度口を開いた。
「約束は、約束だ。友達とした大事な約束を、僕は守る。ただ、それだけだよ」
僕は、侮蔑の目で僕を見る貴族たちを、まっすぐに見つめ返した。
「あんたたちがやってるのは、ただの意地悪な椅子取りゲームじゃないか。ユリアン皇帝が死んで、悲しんでる人もいるのに。そんなこと、僕にはできない」
僕の、あまりに子供じみた、しかし、偽りのない言葉。それが、かえって彼らの怒りに油を注いだようだった。
宰相が、咳払いを一つして、場の空気を収めようとする。
「……これでは、議論が進みませぬな。これより、正式な投票に移りたいと存じます。まずは、両陣営より、次期皇帝候補のお名前を」
シュタウフェン男爵が、勝ち誇ったように、再びアルブレヒト君の名を叫ぶ。
そして、僕は、静かに、しかしはっきりと、アウレリアン殿下の名を告げた。
これで、僕の一票は、アウレリアン殿下に。そして、ダリウス公の一票は、アルブレヒト君自身に投じられた。
皆の視線が、残る選帝侯たちへと注がれる。まず、口火を切ったのは、僕の義父であるランベール侯爵だった。
「我がランベール家は、ライル侯爵の義、そして亡き皇帝陛下への忠義を信じる。よって、アウレリアン殿下を支持する」
その力強い言葉に、僕は心の中で感謝した。だが、次に口を開いたヴェネディクト侯爵の言葉は、僕の背中に、冷たい氷を突き立てるようなものだった。
「……帝国の安定には、古くからの秩序こそが不可欠。感情論で、国は治まりませぬ。我がヴェネディクト家は、帝国の伝統を重んじ、アルブレヒト公爵を支持いたします」
「なっ……! ヴェネディクト侯!?」
まさかの、裏切り。僕は、信じられない思いで彼を見る。これで、票は二対二の互角となった。
ピウス七世猊下は、苦悩に満ちた表情で「教会は中立を守る」と告げ、七人目の選帝侯の代理人である仮面の男もまた、静かに中立の意を示した。
選帝侯会議は、完全に膠着状態に陥った。
宰相は、深いため息をつくと、その日の会議の閉会を宣言した。
貴族たちが、それぞれの思惑を胸に、ざわめきながら席を立つ。その、混乱のさなか、僕は、見てしまった。
大司教バルバロッサが、勝ち誇ったシュタウフェン男爵と、そして、僕に背を向けたヴェネディクト侯爵に、ほんの一瞬だけ、誰にも気づかれぬよう、満足げな笑みを向けたのを。
(……やっぱり、あの人だ……くっ、ノクシアちゃんに頼めば、すぐに一票入るけど、この際だ……敵は全部あぶりだしたい……)
ヴァレリアの言っていた通りだ。この帝都に渦巻く闇は、僕が思っている以上に、深く、そして、敬虔な仮面の裏に、その顔を隠している。
僕たちの戦いは、まだ、始まったばかりだった。
選帝侯会議 投票状況
【アウレリアン殿下派】(計2票)
1 ライル・フォン・ハーグ侯爵
2 ランベール侯爵(ヴァレリアの父、ライルの義父として支持)
【ダリウス公爵派】(計2票)
1 アルブレヒト・フォン・ダリウス公爵
2 ヴェネディクト侯爵(経済的利益と旧来の秩序を重んじ、保守派に与する)
【中立】(計3票)
1 ピウス七世猊下(教会の立場と、内部の不穏分子への苦悩から中立を表明)
2 闇ギルド代表(ライル派だが、手の内を隠すため戦略的に中立を表明)
3 (空席:故ユリアン皇帝)
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