第135話 友の死と選帝侯の務め
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴169年 11月10日 昼 快晴』
白亜の館の、日当たりが良いテラス。僕は、ロッキングチェアに揺られながら、うららかな秋の日差しを浴びていた。隣では、最近ハーグに滞在しているアズトラン帝国の女皇帝、シトラリちゃんが、僕の腕に自分の腕を絡ませ、ぴたりと寄り添って離れない。
「ライル、口を開けよ。妾が、この手で故郷の甘い果実を食べさせてやる」
「う、うん。ありがとう、シトラリちゃん。でも、自分で食べられるよ」
「ならぬ。そなたの世話を焼くのは、妾の権利であり、喜びなのじゃ」
彼女はそう言うと、新大陸から取り寄せたという、真っ赤な果実を僕の口元へと運んでくる。僕が、観念してそれを口に含むと、彼女は満足そうに、にこりと微笑んだ。
その、あまりに堂々とした振る舞いに、少し離れたテーブルでお茶をしていた、他の女性陣から、様々な視線が飛んでくるのを感じる。
「やれやれ、また始まったっスよ……」
アシュレイが、呆れたように肩をすくめている。
「まあ、シトラリ様は、情熱的なお国の方ですものね」
フリズカさんが、優雅にお茶を飲みながらも、その目には、ちりちりとライバル心が燃えているのがわかった。
そんな、平和で、少しだけ騒がしい昼下がり。
その穏やかな空気を引き裂いたのは、一人の衛兵の血相を変えた叫び声だった。
「も、申し上げます! 帝都より、緊急の報せにございます!」
テラスに転がり込んできた伝令兵は、喪章を表す黒い腕章をつけていた。その、ただならぬ雰囲気に、その場にいた全員の笑顔が、ぴしりと凍りつく。
伝令兵は、僕の前にひざまずくと、震える声で、あまりに信じがたい事実を告げた。
「皇帝陛下が……。昨夜、狩りの最中の事故により、崩御なされました」
「……え?」
その言葉の意味を、僕の頭は、すぐには理解できなかった。
嘘だろ……? だって、この前、あんなに元気に、楽しそうに、ハーグから帰って行ったじゃないか。次の酒の肴は、新しいカクテルは、と、子供のようにはしゃいでいた、あの人が。
あの、傲慢で、意地悪で、でも、どこか憎めなくて。僕のことを「面白い玩具だ」と言いながらも、その実、一人の友人として認めてくれていた、あの人が。もう、いない……?
(ユリアン皇帝……)
胸に、ぽっかりと、大きな穴が空いたような、途方もない喪失感が、僕の心を支配した。
僕が、言葉もなく立ち尽くしていると、隣にいたシトラリちゃんが、そっと、しかし力強く、僕の手を握りしめてきた。
「……ライル。しっかりせよ。そなたは、王じゃ」
その、気丈な声に、僕は、はっと我に返った。
伝令兵は、続けた。
「つきましては、ライル侯爵閣下を、アヴァロン帝国七選帝侯のお一人として、帝都にて執り行われます、緊急の次期皇帝選出会議へ、ご召集申し上げる次第にございます」
差し出された、黒い縁取りのされた、一通の召喚状。
友を失った悲しみに浸る間もなく、僕の肩には、帝国の未来そのものを左右する、あまりに重い責任が、のしかかってきていた。
(……行かないと、いけないんだな)
僕は召喚状を、強く強く握りしめた。
僕の、僕たちの、平穏な日々が、終わりを告げた。そのことを、僕は嫌というほど理解していた。
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