第130話 シトラリちゃんが遊びにきたよ! そうだ! いつもの闇バーへ行こう!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴169年 9月12日 夜』
その日の夜、僕は、なんだかすごく不思議な組み合わせで、城の大浴場の湯船に浸かっていた。
僕の隣には、アヴァロン帝国皇帝ユリアン陛下。その向かいには、闇ギルドの元締めユーディルと、農業の神様みたいなゲオルグさん。男四人、国も身分もバラバラだけど、広い湯船の中では、ただの気の置けない仲間みたいだった。
「いやあ、やっぱりハーグの湯は最高だな! 帝都の風呂も悪くはないが、どうにも窮屈でいかん!」
皇帝が、気持ちよさそうに手足を伸ばす。
「陛下。せっかくハーグまでお越しになられたのです。今宵は、例の店へご案内いたしましょう」
ユーディルがそう言うと、皇帝は待ってましたとばかりに、にやりと笑った。
僕たちが、風呂から上がって火照った体を冷ましていると、ちょうど、女湯の引き戸が、がらり、と開いた。中から現れたのは、湯上がりで頬をほんのりと染めた、アズトラン帝国の女皇帝、シトラリちゃんだった。
「おう、シトラリじゃないか! ちょうど良いところへ来たな!」
皇帝が、気さくに声をかける。僕は、つい、いつもの調子で誘ってしまう。
「シトラリちゃんも、これから僕たちと飲みに行かない? すごく、面白いお店があるんだよ」
「ほう? 面白い店とな? ……よかろう。妾も、ついていってやろう」
こうして、僕たちは、この大陸で最も奇妙な飲み仲間の一団となって、夜のハーグの街へと繰り出した。
路地裏の、あの古びた木の扉を開けると、いつもの熱気と、自由な空気が、僕たちを迎えてくれた。
「おう、ライルとユリアンじゃねえか! 懲りずにまた来たのか! それに、きれいなネーチャンまで!」
常連たちが、軽口を叩きながら、僕たちに席を譲ってくれる。だが、彼らがゲオルグさんの姿を認めると、その態度は一変した。
「おおっ! ゲオルグさんじゃないですか! いつもお世話になってます!」
「ゲオルグさん! あんたが育てたトウモロコシがなきゃ、俺たちは、この最高のバーボンを味わえねえんだ! いつもあざっす!」
どうやら、この店の職人たちが作るバーボンの原料となる、最高のトウモロコシを育てているゲオルグさんは、ここでは神様みたいな扱いらしい。本人は、ただ照れくさそうに頭を掻いていたけれど。
やがて、店ではダーツやポーカーが始まった。シトラリちゃんも、女帝としてのプライドからか、負けん気の強い顔で、その輪に加わる。
だが……。
「ぬぅっ! また外したではないか!」
「ええい、この手札はなんじゃ! もう一回じゃ!」
意外にも、彼女は、驚くほど勝負事に弱かった。
それを見つけたユリアン皇帝は、まさに水を得た魚のようだった。
「ククク……どうした、女帝陛下? その程度の実力で、国が治められるかな?」
皇帝は、ここぞとばかりにシトラリちゃんをからかい、勝ち続ける。悔しさに、シトラリちゃんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
とうとう、有り金(僕が貸したお小遣い)を全部すってしまった彼女は、「もう、やらぬ!」と叫ぶと、ぷんすかしながら、僕の隣にやってきた。
その様子を見ていたマスターが、にやりと笑い、彼女の前に、美しい夕焼け色のカクテルを、そっと差し出した。
「お嬢ちゃん、こいつは俺のおごりだ。まあ、飲みな」
シトラリちゃんは、そのカクテルを一口飲むと、目を丸くした。そして、店の喧騒を、慈しむように見回して、ぽつりと呟いた。
「……いい店じゃのう……。ここは、自由じゃ……」
やがて、お酒と、長旅の疲れもあってか、彼女は僕の肩にこてん、と頭を預けると、すーすーと、可愛らしい寝息を立て始めた。
僕は、そんな彼女を、そっと背負うと、常連たちの「ひゅーひゅー」という囃し立てる声を背に、店を出た。
城の客間にシトラリちゃんを寝かせ、部屋を出ようとした、その時だった。服の裾を、きゅっと、小さな手に掴まれた。
「……ライル」
いつの間にか、彼女は目を覚ましていた。そして、僕の首に、そっと腕を回すと、潤んだ瞳で僕を見つめ、その唇を重ねてきた。
僕たちは、そのまま、どちらからともなくベッドへと倒れこんでいった。
ハーグの夜は、まだ始まったばかりだった。
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