第129話 ライルのところへ行こうとしたら、女どもにつかまって風呂に連れていかれたんじゃが?
【アズトラン帝国女皇帝 シトラリ視点】
『アヴァロン帝国歴169年 9月12日 昼 快晴』
鉄の道が、ついに妾を、あの男の元へと運んできた。
ハーグの駅に、皇帝専用の特別列車が滑り込むと、ホームには、出迎えの者たちがずらりと並んでおった。その中心に、ライルの姿を見つけた瞬間、妾の心は、自分でも驚くほど、高鳴っておった。
「ライル!」
妾が、喜び勇んで列車から駆け下りようとした、その時じゃ。
行く手を阻むように、ずらりと、美しい女たちが立ちはだかった。その数、六人。誰もが、腹に一物も二物も抱えていそうな、一筋縄ではいかぬ顔つきをしておる。
先頭に立つ銀髪の女騎士が、一歩前に進み出た。その顔には見覚えがある。アカツキの街で、ライルの隣に控えておった、ヴァレリアとかいう女じゃ。
「シトラリ陛下、ようこそおいでくださいました。アカツキの都以来ですな」
ヴァレリアは、丁寧な礼をしながらも、その声には「やれやれ、本当に来てしまったか」というような、深い諦めの色が滲んでおった。
「まあ! ヴァレリアはご存知でしたの?」
「どういうことですの!?」
周りの女たちが、一斉にヴァレリアに詰め寄る。ヴァレリアは、深いため息を一つつくと、その女たちと、そして妾を、まとめて見回した。
「話せば長くなります。さあ、陛下、長旅でお疲れでしょう。まずは、城の風呂で、汗を流していただきましょうか。話は、それからです」
有無を言わさぬその言葉に、北の王女や発明家の女も、しぶしぶといった様子で頷く。
「ま、待て! 妾は、まずライルと……!」
妾の抵抗も虚しく、ユリアン皇帝はライルに任され、妾だけが、この女どもに、半ば拉致されるようにして、城の大浴場とかいう場所へと連行されたのじゃ。
湯気が立ち込める、広大な湯殿。
そこは、女たちの戦場であった。
湯船に浸かると、早速、発明家の女、アシュレイが切り込んできた。
「で、ヴァレリアさん! どういうことなんスか! それに、シトラリ陛下! あんたとライルは、どういう関係なんスか!?」
その問いに、妾はふんと鼻を鳴らしてやろうとした。じゃが、それよりも早く、ヴァレリアが、再び、深いため息をついた。
「――というわけです。アカツキの都で、シトラリ陛下とライル様との間に、マクシミリアンという王子も、すでにお生まれになっております」
ヴァレリアが、新大陸での出来事を掻い摘んで説明すると、その場にいた女たちの顔が、驚愕に染まった。
「まあ!」「七人目……」「……やりおるのう、ライル」
その反応を見て、妾は、最高の優越感に浸っておった。
じゃが、次の瞬間、その場の空気は、意外な方向へと変わった。
「なるほど! つまり、あんたもライルの被害者仲間ってわけっスね!」
アシュレイが、にっと笑うと、いきなり妾の背中に回り、ごしごしと洗い始めた。
「まあまあ、固いこと言わないで、背中でも流しましょ! 異国の女帝だろうが何だろうが、あの朴念仁に振り回されてるって点じゃ、あたしたちはみんな、同じ穴の狢なんスから!」
その、あまりに気さくな一言に、他の女たちも、ふっと緊張の糸が切れたように笑い出した。
肌を突き合わせ、湯船に浸かりながら語り合えば、国も、身分も、関係ない。
皆、ただ、あの、どうしようもなくお人好しで、優しくて、そして、いざという時には誰よりも頼りになる、一人の男を、心の底から愛している。ただ、それだけの、同じ女であった。
(……ふん。面白い。面白いではないか)
あの男、面白い女ばかり集めおって。
見る目だけは、あるということか。
風呂から上がった頃には、妾たちは、まるで長年の友のように、笑い合っておった。
宴席で、ライルの隣に座る権利を、皆で本気でジャンケンをして決め、負けた妾が、悔し涙を流したのは、ここだけの秘密じゃ。
(まあ、よい。しばらくは、この国で、この女たちと過ごしてみるのも、一興じゃな)
妾のアヴァロン帝国での、奇妙で、騒々しくて、そして、温かい日々が、こうして幕を開けたのじゃった。
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