第126話 琥珀色の時間と両帝国の未来
【アズトラン帝国女皇帝 シトラリ視点】
『アヴァロン帝国歴169年 7月20日 昼 快晴』
ヴィンターグリュン王国の海外領土、アカツキの都。その活気に満ちた港を、妾は、息子のマクシミリアンと共に、総督であるマルコとかいう男の案内で見下ろしておった。
(ふむ。妾が統治を任せてから、随分と様変わりしたものじゃな)
かつての、血の匂いがした神殿の丘には、今や石造りの頑丈な砦が築かれ、港には、これまで見たこともないような、巨大な倉庫が立ち並んでおる。全ては、あの男……ライルが、この地に残していった新しい風のせいか。
妾がこの地を再び訪れたのは、単なる視察のためではない。この腕の中にいる、妾と、あの男の血を引く、次代のアズトラン皇帝マクシミリアンに、世界の広さと、新しい時代の息吹を、その肌で感じさせるためじゃ。
「おお……! 母上、あれを! 黒い煙を吐く、鉄の船にございます!」
マクシミリアンが、小さな指で、興奮したように港の一点を指さす。
見れば、ヴィンターグリュン王国が誇る半動力の蒸気船が、黒煙をもうもうと上げながら、次々と入港してくるところじゃった。馬も、帆も使わずに、ただ、自らの力だけで、悠々と海を進む鉄の怪物。その光景は、何度見ても、異様で、そして圧倒的じゃ。
「すごい……! かっこいいのう!」
目をきらきらと輝かせ、身を乗り出すようにして、その光景に見入る我が息子。その横顔は、あの男に、どこか似ている気がした。
(ククク……。どうじゃ、マクシミリアン。これがお前の父が作りし国の、力の片鱗よ。お前は、いつか、これをも超える帝国を築くのだぞ)
息子の無邪気な笑顔に、妾の胸も、温かいもので満たされる。
この子のために、妾は、何でもしてやろう。最高の教育と、最高の環境を。
(そうだ。そろそろ、あの男から次の種をもらわねばのう……)
ふと、妾の脳裏に、一つの良い考えが、稲妻のように閃いた。
妾は、隣に控えるマルコ総督を振り返った。
「マルコよ。この港から、ヴィンターグリュンへ、積荷を送ることは可能か? あと、妾がアヴァロン帝国へ渡航することは可能か?」
「はっ。もちろんにございます、陛下。護衛に最高の艦隊をつけましょう!」
妾は、にやりと、口の端に笑みを浮かべた。
「我が国が誇る、最高のラム酒をな。サトウキビの絞り汁から造る、あの琥珀色の酒じゃ。透明な『ホワイトラム』、樽で熟成させた『ゴールドラム』、そして、さらに長い年月をかけ、魂を焦がすほどに濃厚な『ダークラム』。ありったけの種類を、それぞれ最高の樽に詰め、ライル侯爵宛てに送るのじゃ。妾も旅支度じゃ」
(ククク……。あの男のことだ。きっと、子供のようにはしゃいで、喜ぶに違いない)
その顔を想像するだけで、愉快な気分になってくる。
数日後。アカツキの都での視察を終え、いよいよ出航の日が来た。
「母上! 僕もそのうちハーグへ行きたいです!」
「うむ。お前が良い子にしておったらな」
港で、マクシミリアンを強く抱きしめながら、妾は、その小さな耳元で優しく囁いた。
「さあ、マクシミリアン。そなたはしばらくマルコ殿の世話になると良い。母はライルのところへ行ってくるぞ!」
そして、妾は、小さく付け加える。
「……何年かしたら帰ってくるからな」
その、まだ見ぬ異国の味と、愛しい男との再会を想像しながら、妾は、我が息子に別れを告げた。
妾とあの男との関係も、きっと、あのラム酒のように、甘く、そして芳醇に、熟成されていくに違いない。そんな、確信にも似た予感が、妾の胸を、熱く満たしておった。
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