第125話 鉄の道、開通す よし! 朕が一番乗りぞ!【鉄道編 閉幕】
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴169年 5月15日 昼 快晴』
あれから、一年。
帝都とハーグ、両方の都市から始まった大陸史上最大のプロジェクトは、想像を絶する困難の連続だった。広大な森を切り開き、時には、頑固な地主の貴族を、皇帝陛下の無言の圧力(と、ビアンカが用意した大量の金貨)で説き伏せることもあった。
そして、ついに、その歴史的な日がやってきた。
帝都とハーグのちょうど真ん中に位置する、広大なアインホルン平原。そこに、帝都から伸びてきた鉄の道と、北のハーグから伸びてきた鉄の道が、あと、ほんの数メートルで一つになろうとしていた。
「おお……! 本当に、繋がるんだ……!」
僕の隣で、国鉄総裁のリヒターさんが、感極まったように涙ぐんでいる。彼の、不可能を可能に変えた緻密な計画と、血のにじむような努力がなければ、この日を迎えることはできなかっただろう。
僕は、彼の肩を、ぽん、と叩いた。
「リヒターさん、ありがとう。あなたのおかげだよ」
「いえ……。ハーグ侯爵閣下の、あの『パンが食べたい』という一言がなければ、私も、ここまで来れませんでした」
僕たちは顔を見合わせて、一緒に笑った。
やがて、最後のレールが敷かれ、それを固定するための、記念すべき最後の犬釘が用意された。もちろん、皇帝陛下の趣味で、金メッキ製だ。
僕とユリアン皇帝陛下が、二人で巨大な木槌を握りしめる。
「せーのっ!」
「うむ!」
僕たちの掛け声と共に、木槌が振り下ろされる。
カーン! と、高く澄んだ音が平原に響き渡り、金色の犬釘が、最後のレールを、大地に、そして未来へと、固く結びつけた。
次の瞬間、集まった何千という労働者たちから、地鳴りのような、割れんばかりの歓声が上がった。
「「「うおおおおおおおっ!」」」
その歓声を背に、僕たちの目の前で、アシュレイとエックハルトさんが操縦する蒸気機関車『ヴィンターグリフィン号』が、産声のような汽笛を、高らかに鳴り響かせた。
黒煙を吐き出し、大地を揺るがしながら、鉄の巨人が、完成したばかりの線路の上を、力強く、そして誇らしげに走り抜けていく。
その光景に、僕も、集まったみんなも、ただ、言葉を失い、見入っていた。
試験走行が無事に成功したのを見届けると、ユリアン皇帝が、子供のようにはしゃぎながら、僕の腕を掴んだ。
「よし! ライル、乗るぞ! 朕が、この鉄の道の、栄えある乗客第一号だ!」
「えっ、今から!?」
「当たり前だ! 目的地は、ハーグ! 今夜は、お前の国のバーボンで、祝杯をあげるのだ!」
皇帝専用に作られた、移動宮殿のように豪華な客車に、僕と皇帝陛下、そしてなぜかリヒター総裁までが乗り込む。
列車は、再び、力強い汽笛を鳴らすと、東……ハーグを目指して、滑るように走り出した。
車窓から流れていく景色は、信じられないほど、速かった。
これまで、馬車で何日もかかっていた道のりが、まるで夢のように、あっという間に過ぎ去っていく。
「フハハハハ! 速い! 実に、速いではないか!」
皇帝は、窓に顔を張り付かせ、ご満悦の様子だ。
「うん、すごいなあ。これなら、帝都の美味しいパンが、温かいまま、ハーグに届くようになるね」
僕がそう言うと、皇帝は、にやりと笑って、僕を見た。
「うむ。パンも、野菜も、兵士も、そして朕の退屈もな。この鉄の道は、帝国の全てを、より速く、より強く、結びつける。帝国の、新しい血流となるのだ」
夕刻。列車は、少しの揺れもなく、ハーグの街に新設された、壮大なレンガ造りの駅舎へと、滑り込んだ。
ホームに降り立つと、そこには、ユーディルが用意してくれた最高のバーボンと、何より、僕たちの帰りを待ちわびていた、家族と、民たちの、温かい笑顔が、溢れていた。
大陸の新しい時代が、高らかな汽笛の音と共に、今、確かに、その幕を開けた。
僕は、ただ、その光景を、胸がいっぱいになりながら、眺めていた。
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