第124話 鉄の道、大陸を繋ぐ
『アヴァロン帝国歴168年 4月1日 快晴』
その日、アヴァロン帝国の歴史は、静かに、しかし決定的に、新しいページへとめくられた。
中央の帝都フェルグラントと、北の都ハーグ。大陸を隔てる千二百キロの距離を、鉄の道で繋ぐという、前代未聞の国家事業。その起工式が、両方の都市で、同時に執り行われたのだ。
帝都フェルグラントの式典は、壮麗、かつ厳粛であった。
集まったのは、帝国の栄光をその身に体現する、きらびやかな衣装をまとった貴族たち。皇帝陛下の御前、帝国国営鉄道の初代総裁、アルブレヒト・フォン・リヒターが、緊張にこわばった手で、金色の鍬を大地に振り下ろした。
「……着工!」
その、絞り出すような声と共に、帝国の威信をかけた工事が始まる。
動員されたのは、規律正しく訓練された帝国の工兵部隊。彼らは、寸分の狂いもない測量に基づき、整然と、そして黙々と、大地を切り拓いていく。その様は、まるで巨大な機械の歯車が、一つ一つ、確実に噛み合っていくかのようだった。
(本当に、この事業は成功するのか……?)
リヒター総裁は、その光景を、期待と不安が入り混じった、複雑な表情で見つめていた。
(だが、あの田舎王の、屈託のない笑顔を思い出すと、不思議と、不可能ではないような気がしてくる。あの男は、いつだって、常識という名の壁を、ただの幸運と、人の良さだけで、乗り越えてきたのだからな……)
一方、その頃。北の都ハーグの起工式は、およそ式典とは呼べない、まるでお祭りのような喧騒に包まれていた。
「よーし、みんな! 帝都の美味しいパンと、ハーグの美味しい豚汁を、もっとたくさんの人に食べてもらうための、第一歩だ! 景気よく、いくぞーっ!」
ヴィンターグリュン侯爵、ライル・フォン・ハーグは、いつもの農作業着姿で、満面の笑みを浮かべながら、巨大な木槌を、力いっぱい最初の杭へと振り下ろした。
「「「おおおおおっ!」」」
集まった農夫や職人、そしてなぜかパパ友たちまでもが、地鳴りのような歓声を上げる。
ハーグの工事現場は、帝都とは何もかもが違っていた。
アシュレイ夫人が開発したという、蒸気を吐き出す奇妙な機械が、硬い岩盤をいとも容易く砕いていく。鉄の天才エックハルトが設計した簡易トロッコが、大量の土砂を、効率よく運び出していく。
そこにあるのは、規律や命令ではない。より早く、より楽に、この途方もない事業を成功させたいという、人々の熱意と、創意工夫だった。
昼休みになれば、巨大な鍋で豚汁が振る舞われ、誰もが身分に関係なく、車座になって、同じ釜の飯を食らう。
(みんなが楽しそうでよかったなあ)
ライルは、その光景を、目を細めて眺めていた。
(この道が、帝都まで繋がった時。きっと、もっとたくさんの人が、友達になれるはずだ。それって、すごく、素敵なことじゃないか)
帝都の『計画』と、ハーグの『熱意』。
東から、そして西から。二つの、まったく異なる力によって、鉄の道は、少しずつ、しかし確実に、その距離を縮めていく。
それが、いつか大陸の中心で一つに結ばれ、人々の暮らしを、そして、この世界の形そのものを、根底から変えてしまうことになるなど、まだ、誰も想像してはいなかった。
ただ、春の柔らかな日差しの中、大陸の未来を切り拓く、槌音と、人々の希望に満ちた笑い声だけが、どこまでも、どこまでも、響き渡っていた。
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