第12話 すぐ壊れる? じゃあいっぱい作ればいいんじゃないかな?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴156年 12月26日 朝 快晴』
雪が降り積もるハーグ郊外の練兵場は、奇妙な熱気に包まれていた。僕の前には、アシュレイが『大砲』と名付けた巨大な青銅の筒が、朝日を浴びて鈍色の光を放っている。その威圧感に、僕はただごくりと喉を鳴らした。
「ふふふ……ライルさん、これが私の最高傑作です! この筒の後ろから特製の粉末火薬を詰め、前にこの石の弾を入れます。そして、後ろの小さな穴から火をつけると……ドカーン! と石が飛んでいくんですよ!」
アシュレイが興奮気味に説明する隣で、ヴァレリアが鋭い視線を大砲に向けていた。
「その威力と射程は? そして、連続使用に耐えうる耐久性は確保されているのですか?」
「まあまあ、ヴァレリアさん。百聞は一見に如かず、ですよ! 見てのお楽しみです!」
試射を見守るため、ユーディルやゼルガノス団長、そしてフリズカ王女も集まっていた。誰もが固唾をのんで、未知の兵器を見つめている。
やがて、ゼルガノス団長の屈強な部下たちが、数人がかりで巨大な石の弾を砲口から押し込んだ。ターゲットは、三百歩ほど先に突き立てた、大木を束ねただけの巨大な的だ。
「点火、準備よし! いつでもどうぞ!」
アシュレイの合図で、傭兵の一人が長い火縄の先に火を灯す。じりじりと燃え進む炎の先を、誰もが目で追っていた。
導火線に火が移った、その瞬間。
ゴオオオオオンッ!
空気を引き裂くような轟音が響き渡り、僕たちの足元の地面が、まるで生き物のように激しく揺れた。大砲がもうもうと黒い煙を噴き出し、その衝撃波に雪が舞い上がる。放たれた石弾は、唸りを上げて空を飛び、遥か先の的に吸い込まれるようにして激突した。
バリバリと木が砕け散る音が遅れて届き、巨大な的は、まるで神の鉄槌にでも打たれたかのように、木っ端微塵になっていた。
「おおおおおっ! す、すげえ威力だ……!」
「あんなもんが城壁に当たったら……!」
ゼルガノス団長も、周りの傭兵たちも、歓声を上げて興奮している。
(とんでもないものを、作ってくれたな……アシュレイさん……)
「素晴らしい威力です」
ヴァレリアが、わずかに目を見開きながら言った。
「続けて、連射性能と耐久性を見せてください。戦では、一発だけ撃てても意味がありません」
「お任せを!」
アシュレイの指示で、二射目の準備が始まる。砲身を濡れた布で冷やし、再び火薬と石弾が装填される。二射目も、見事に的に命中した。
だが、三射目を発射した時、これまでとは違う甲高い金属音が、轟音に混じって僕の耳に届いた。
「……今、何か変な音がしませんでしたか?」
ヴァレリアが眉をひそめる。アシュレイが砲身に駆け寄り、その表面を注意深く調べると、悔しそうに唇を噛んだ。
「……まずいですね。砲身に、細い亀裂が……」
「なに!? では、もう……」
「いえ、まだいけます! もう一発だけ!」
アシュレイはそう叫ぶと、制止も聞かずに四射目の準備を命じた。そして、点火。
これまでで最も大きな轟音と共に、石弾は確かに撃ち出された。しかし、それと同時に、大砲そのものが、凄まじい音を立てて爆ぜるように砕け散ったのだ。青銅の破片が四方八方に飛び散り、僕たちは慌てて地面に伏せた。
静寂が戻った雪原には、無残に壊れた大砲の残骸と、呆然と立ち尽くす僕たちが残された。
執務室に戻ると、空気は凍りついたように重かった。
「……申し訳ありません。現状の鋳造技術では、爆発の衝撃に完全に耐えられる合金を作るのは、これが限界です。数回の使用で、金属疲労を起こして破損してしまいます」
アシュレイが、うなだれて報告する。
「使い捨ての兵器、ということですか。これでは、決戦の場で主力として頼るには、あまりに危険すぎる。量産のコストを考えても、実用性は低いと言わざるを得ません」
ヴァレリアの言葉が、冷たく部屋に響いた。せっかくの切り札が、ただの欠陥品だった。フリズカ王女の顔にも、絶望の色が浮かんでいた。
重苦しい沈黙が、場を支配する。
そんな中、ずっと黙って話を聞いていた僕が、ぽつりと口を開いた。
「うーん……すぐ壊れちゃうのかあ……」
みんなの視線が、僕に集まる。
「じゃあさ、いっぱい作ればいいんじゃないかな?」
「……は?」
ヴァレリアが、心底信じられないという顔で僕を見た。僕は、慌てて説明を続ける。
「だ、だって、一門が三発しか撃てないなら、十門あれば三十発撃てるでしょ? 百門用意すれば、三百発だ。壊れたら、すぐに次の大砲を使えばいいんだよ。それに……」
僕は、専門家たちの顔を恐る恐る見回しながら言った。
「すごく頑丈な大砲を作ろうとすると、きっとお金も時間も、難しい技術もいるんだよね? でも、この『すぐ壊れる大砲』なら、今のハーグの技術でも、たくさん作れるんじゃないかな。構造も、なんだか簡単そうに見えたし……」
僕の素朴な言葉に、部屋の空気が変わった。
「……なるほど」
腕を組んでいたヴァレリアが、初めて考え込むような表情を見せた。
「高性能なものを『一門』そろえるのではなく、そこそこの性能のものを『百門』そろえる……。質より、量……」
「そうか! その手があったか!」
アシュレイが、ばっと顔を上げた。その目は、先ほどまでの絶望が嘘のように、再び輝きを取り戻していた。
「高度な冶金技術で耐久性を追求するのではなく、数をそろえて『飽和攻撃』を仕掛ける! なんてこと……! 発想の勝利ですよ、ライルさん!」
「『使い捨て』と割り切れば、戦術の幅は格段に広がります。開幕の一斉射撃で敵の陣形を崩し、混乱したところへ騎馬隊を突撃させる……。確かに、有効な戦術かもしれません」
ヴァレリアも、その可能性を認め始めていた。ユーディルも静かに頷いている。
僕の、ただの素人考えが、専門家たちの行き詰っていた思考を、いとも簡単に打ち破ってしまったらしい。
その日から、ハーグの街は金属を溶かす炉の熱気で満たされた。闇ギルドが持つ工房で、アシュレイの指導のもと、職人たちが昼夜を問わず槌を振るい、大砲の大量生産が始まったのだ。
(僕、また何かとんでもないこと、言っちゃったのかな……?)
工房から鳴り響く槌の音を聞きながら、僕は少しだけ不安になった。けれど、活気を取り戻した仲間たちの顔を見ていると、それも悪いことではないような気がした。
来るべき春の決戦に向け、ハーグの冬は、熱く、そして騒がしく過ぎていく。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




