第119話 フハハハハ クラウスが野戦砲を開発しおったぞ! みておれライル!
【ユリアン皇帝視点】
『アヴァロン帝国歴166年 10月1日 昼 快晴』
帝都の執務室で、朕は、面白くなかった。
北の田舎王、ライル・フォン・ハーグ。奴の国から、また新しい技術……『缶詰』だの『紙』だのの製造権を、莫大な資金を投じて買い取ったばかり。朕は、いつまで、あの男の後追いをせねばならんのだ。
(ええい、忌々しい! 帝国の皇帝たる朕が、いつまでも田舎者に技術を恵んでもらうなど、我慢ならん!)
朕が、不機嫌にペンを放り投げた、その時だった。
側近が、血相を変えて執務室へと転がり込んできた。
「陛下! 陛下! クラウスめが、ついに……! ついに、やり遂げましたぞ!」
クラウス。ああ、あの、以前ライルの国の火縄銃を分解させた、陰気な青年か。朕が、多額の研究費を与え、新型兵器の開発を命じておったが……。
「陛下! これぞ、我が帝国の技術の粋を集めた、帝国式『野戦砲』にございます! ライルの国の、あの小さな玩具とは、比べ物になりませぬ!」
その言葉を聞いた瞬間、朕の鬱憤は、一瞬にして、歓喜へと変わった。
「フハハハハ! よくやった! よくやったぞ、クラウス! これで、あのライルめの、鼻を明かしてやれるわ!」
朕は、早速、ライルとその妻アシュレイを、「最新の軍事演習を見せてやる」という、実に皇帝らしい名目で、帝都へと呼びつけた。
帝都が誇る広大な練兵場。
朕は、ふんぞり返って、ライルたちの前にそびえ立つ、威風堂々たる鋼鉄の塊を指し示した。
「どうだ、ライル。これが、我が帝国の真の実力よ。貴様のところの『歩兵砲』とやらとは、格が違うであろう?」
黒光りする重厚な砲身。それは、帝国の冶金技術の全てを注ぎ込んで作り上げられた、芸術品でもあった。
砲兵が、慣れた手つきで砲弾を装填し、点火する。
次の瞬間、大地が揺れた。
ドッゴオオオオオオン!
凄まじい轟音と共に、野戦砲が火を噴き、遥か彼方に置かれた岩山が、跡形もなく、木っ端微塵に吹き飛んだ。
「うおおーっ! すごいじゃないですか、陛下! やりますね!」
ライルが、子供のようにはしゃいでいる。その隣で、妻のアシュレイも、片眼鏡の奥の瞳を、技術者としての好奇心で爛々と輝かせていた。
「なるほど……! この規模の鋼鉄の砲身を、ひび割れ一つなく鋳造するなんて、帝国の技術力、恐るべしっスね! これは、見事な出来栄えっス!」
(ふはは! どうだ、驚いたか!)
朕が、最高の優越感に浸っていた、その時だった。開発者であるクラウスが、満を持して、誇らしげな顔で現れた。
「陛下。我が最高傑作、お気に召しましたかな」
その顔を見たアシュレイが、素っ頓狂な声を上げた。
「あーっ! クラウス兄さんじゃないっスか! 帝都でこそこそ、何やってるんスか!」
「アシュレイ! 久しぶりだな! 貴様こそ、相変わらず、変なものばかり作っているようではないか!」
再会を喜ぶかと思いきや、二人は、互いの国の兵器を見るなり、睨み合いを始めた。
「なんですって! 兄さんの野戦砲もいいけど、私の迫撃砲の方が、もっと軽くて、曲射もできて、ずっと使い勝手は上っスよ!」
「何を言うか! この野戦砲の圧倒的な破壊力と、美しい弾道こそ、戦場の華だ! お前の、あのポンと撃ち出すだけの玩具とは、格が違うわ!」
「なんですってー!」
「なんだとー!」
二人の天才技術者は、周りの目も気にせず、子供のような、実にレベルの低い言い争いを始めてしまった。
朕は、そのあまりの光景に、すっかり呆れ果ててしまった。
「……ライルよ」
朕は、隣で苦笑いしているライルの肩を、ぽん、と叩いた。
「あの馬鹿弟子どもは、放っておこう」
「ははは……そうですね。なんだか、こっちまで疲れちゃいました」
「うむ。そうだ、風呂へ行くぞ、風呂へ! 朕が、最高のカクテルを振る舞ってやろう!」
朕とライルは、まだギャーギャーと喧嘩を続けるアシュレイとクラウスを尻目に、やれやれと肩をすくめながら、仲良く(?)城の風呂へと向かうのだった。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




