第118話 みんな急に贅沢になっちゃった! どうしよう!?
【アルブレヒト視点】
『アヴァロン帝国歴166年 10月15日 昼 快晴』
すごい! すごいよ!
僕たちの畑で、お芋が、山のように採れたんだ!
去年の何倍も、何十倍も! ゲオルグ先生の言う通り、土をふかふかにして、ちゃんとお世話をしたら、お芋の神様が、いっぱいのご褒美をくれたんだ!
その夜、僕の城では、盛大な収穫祭が開かれた。
領地のみんなが、山盛りのポテト料理を囲んで、歌って、踊って、笑ってる。
「アルブレヒト様、万歳!」
「もう、ひもじい思いをしなくて済むんだ!」
みんなの笑顔が、僕には何より嬉しかった。
僕が、このダリウス公爵領の、みんなを幸せにしたんだ! 僕は、胸を張って、そう思った。
でも、その幸せな時間は、長くは続かなかった。
冬が来て、春が来て……。お芋のおかげで、みんなのお腹はいっぱいになった。そうしたら、今度は、なんだか街の空気が、ギスギスし始めたんだ。
「聞いたかい? 隣のパン屋は、新しい荷馬車を買ったらしいじゃないか。うちの亭主は、甲斐性がないのかしら」
「あそこの家は、毎日、お肉を食べてるんだって。うちは、まだお芋ばっかりなのに……」
前は、みんなで助け合って、一つのパンを分け合って、笑ってた。
なのに、今では、誰かが自分より少しでも良い暮らしをしていると、すぐに不満や、嫉妬の声を上げるようになった。みんな、お腹はいっぱいのはずなのに、どうして、前みたいに笑ってくれないんだろう。
僕は、どうしたらいいのかわからなくて、一人で、城の執務室で、ため息ばかりついていた。
そんな時だった。あの、ゲオルグ先生が、視察のために、ハーグから僕たちの領地へ来てくれたんだ。
先生は、豊かになった街並みを見て、にこにこと頷きながらも、どこか、浮かれている領民たちの様子を、厳しい目で見つめていた。
僕は、もう、先生に聞くしかないと思った。
「ゲオルグ先生……」
僕は、勇気を出して、先生に相談した。
「みんな、お腹いっぱいになったはずなのに、どうして、前みたいに、仲良く笑ってくれないんでしょうか……」
僕の問いに、ゲオルグ先生は、何も言わずに、僕を新しく作られた、ポテトの大きな貯蔵庫へと連れて行ってくれた。ひんやりとした薄暗い蔵の中には、今年の収穫を待つ、去年の種芋が、静かに眠っている。
「アルブレヒト様。今年の豊作は、まことに素晴らしいこと。ですが、農業とは、自然が相手。来年も、同じように太陽が照り、雨が降るとは、誰にも約束できませぬ」
先生は、僕の肩に、優しく、しかし力強く、手を置いた。
「腹が満たされれば、人は、次なる欲を求めるもの。それは、人の性。ですが、本当の豊かさとは、ただ腹を満たすことではございません。明日への『備え』があるという、心からの『安心』。それこそが、人の心を、真に豊かにするのです」
先生の言葉が、僕の心に、すとん、と落ちてきた。
「さあ、このポテトを、来年の種芋として、大切に蓄えるのです。そして、余った分は、飢饉に苦しむかもしれない未来の自分たちのために、保存食として加工するのです。農業もまた、戦いなのです! 明日という、見えぬ敵とのね!」
僕は、はっと顔を上げた。
そうだ、僕は、領主として、みんなのお腹を満たすことしか、考えていなかった。その先の、未来のことなんて、ちっとも考えていなかったんだ。
「ゲオルグ先生、ありがとうございます! 僕、わかりました!」
僕は、先生に、深く、深く、頭を下げた。
翌日、僕は領民たちを広場に集め、僕の言葉で、一生懸命に話した。未来のために、みんなで備えよう、と。
僕の、たどたどしい言葉に、最初はきょとんとしていたみんなも、やがて、一人、また一人と、真剣な顔で頷いてくれた。
(僕たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。でも、ゲオルグ先生が教えてくれたから、きっと大丈夫だ)
僕は、再び一つになった民の顔を見て、領主として、新しい一歩を踏み出す決意を、固く、固く、誓ったんだ。
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