第115話 砂漠の夜明け【砂漠の嵐編 閉幕】
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴166年 5月25日 昼 快晴』
サラム王国の王都。その玉座の間に、血と硝煙の匂いはなかった。だが、そこには、敗北という、死よりも重い空気が満ちていた。
僕は、捕虜となったジャファルの前に、静かに立っていた。かつて王が座っていた玉座に、今は埃が積もっている。
「……なぜ、こんなことをしたんだ」
僕の問いに、ジャファルは最初は強がっていた。だが、僕の静かな、しかし逃がさぬという意志を込めた視線に、やがてその仮面は剥がれ落ちた。
「……父上が、気に入らなかったのだ」
その声は、嫉妬と、劣等感に満ちていた。
「父上は、いつだって、北の蛮族である貴様を褒め称えた! 新しい作物、新しい技術……。それに引き換え、我らは、ただ古き伝統にしがみつくだけ。それが、我慢ならなかったのだ!」
彼は自らの手で、実の父親を暗殺したことを自白した。その、あまりに醜い動機に、僕は怒りを通り越して、深い哀れみを感じていた。
「……そうか。分かった」
僕は、衛兵に命じジャファルを玉座の間から引きずり出させた。
そして、王宮の地下深く、暗い牢獄に幽閉されていた、一人の青年を解放した。ファーティマの弟、カシム王子だ。
「ライル……殿。兄上は……我が国は……」
やつれきった顔で、彼は国の惨状に涙を流した。僕は、その肩を力強く叩いた。
「カシム君。君が、この国を立て直すんだ。君こそが、この国の、新しい王になるべきだ」
数日後。僕は、サラム王国の貴族たちを全て集め、カシムこそが、正当なる新たな王であると、高らかに宣言した。
新王カシムは、玉座の前で、僕に深々と頭を下げた。
「ライル王。この御恩は、生涯忘れませぬ。我がサラム王国は、永遠に、貴国ヴィンターグリュン王国の、真の友邦であることを、ここに誓います」
こうして両国の間に、血ではなく信頼によって結ばれた、真の友好条約が結ばれた。
僕たちは、サラム王国の復興を新王カシムに託し、長い、長い帰国の途についた。
『アヴァロン帝国歴166年 7月10日 昼 快晴』
ハーグの城門をくぐった時、僕たちを出迎えてくれたのは、割れんばかりの民衆の歓声だった。
僕は、その声に手を振りながらも、馬を駆り、まっすぐに、一つの場所を目指していた。白亜の館。僕の帰りを、誰よりも待ちわびているであろう、彼女の元へ。
館の扉を開けると、ファーティマが、不安そうな瞳で、そこに立っていた。
「ライル様……!」
僕は何も言わずに、彼女をそっと抱きしめた。
「……終わったよ、ファーティマ。全部、終わった」
僕は彼女に全てを話した。父君の無念が晴らされたこと。故国に弟であるカシム君が王となり、真の平和が戻ってきたこと。
僕の話を聞き終えた彼女の目から、大粒の涙が、止めどなく溢れ落ちた。
それは悲しみの涙ではない。これまでの全ての不安と悲しみが、浄化されていくような、温かい安堵の涙だった。
「ありがとう……ございます……。ライル様……」
彼女は、僕の胸に顔をうずめたまま、子供のように、声を上げて泣いた。
「貴方様こそ、わたくしの……そして、故国の、真の光でございます……」
僕は彼女の震える背中を、優しく撫で続けた。
窓の外では、ヴィンターグリュン王国の、どこまでも穏やかで、平和な日常が、キラキラと輝いている。
僕たちの長かった戦いは、今、本当に終わりを告げたのだ。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




