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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第114話 ローテーション戦術 対 塹壕戦

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴166年 5月10日 朝 快晴』


 夜明け前の、冷たい闇の中。

 僕たちヴィンターグリュン王国軍一万は、剣でも銃でもなく、ただ、ひたすらにスコップを手にしていた。

 ザク、ザク、ザク……。

 乾いた土を掘り返す音だけが、広大な平原に虚しく響き渡る。兵士たちの額には汗が滲み、その息は白い。


「へへっ、こいつは、戦なのか、土木工事なのか、わからなくなってくらあ」


 誰かが、冗談めかして呟いた。その声に、周りから、くつくつと笑いが漏れる。そうだ、これでいい。僕の兵士たちは、強い。

 夜が明ける頃、そこには、巨大な蛇がとぐろを巻いたかのような、どこまでも続く長大な『塹壕』が、完成していた。


(これで、一人でも多くの兵士が、家族の元へ帰れる)


 僕は、朝日を浴びて浮かび上がる、その異様な防衛線を見つめながら、静かに、強く、決意を固めた。


 やがて、地平線の向こうから、砂塵が舞い上がった。

 サラム王国の軍勢、その数およそ二万。兵力はこちらの倍。彼らは、ヴィンターグリュン軍の奇妙な布陣……ただの土の盛り上がりにしか見えない塹壕線を、遠くから眺め、明らかに侮り、嘲笑の声を上げていた。

 敵陣の中央、ひときわ豪華な装いの新王ジャファルが、黄金の軍配を高々と掲げた。それが、開戦の合図だった。


「全軍、突撃ィ! 北の蛮族どもを、一人残らず、根絶やしにせよ!」


 地響きと共に、サラム軍の火縄銃部隊が、自信に満ちた足取りで前進してくる。彼らは、我々がかつて用いた『ヴィンターグリュン・ローテーション』を、完全な形で模倣していた。


「一番隊、構え! ……撃てッ!」


 ズドドドドドン!

 二千の火縄銃が一斉に火を噴き、轟音と共に、大量の鉛玉が、僕たちの陣地へと殺到する。

 だが、そのほとんどは、塹壕の、分厚い土の壁に、ズブズブと、間抜けな音を立ててめり込むだけだった。塹壕の中に身を伏せた僕たちには、ただの一発たりとも届かない。


「な、なんだと!?」

「当たらん! 全く当たらんぞ!」


 サラム軍の兵士たちの顔に、焦りの色が浮かぶ。彼らが、次弾を装填するために、慌ただしく動き始めた、その瞬間。

 僕は、静かに、しかし、平原の隅々まで響き渡るように、号令を下した。


「――撃て」


 その一言が、地獄の蓋を開けた。

 塹壕の縁から、千の黒い銃口が、ぬっと姿を現す。

 アシュレイが開発した、最新式のライフル銃。

 次の瞬間、これまでの火縄銃の比ではない、空気を引き裂くような、鋭く、重い炸裂音が、平原を支配した。


 ズッバーン! ズッバーン! ズッバーン!


 それは、もはや弾丸の雨ではなかった。見えない悪魔が放つ、死の狙撃。

 サラム軍の兵士たちは、何が起きたのかを、全く理解できなかっただろう。

 ただ、目の前にいたはずの戦友が、突然、額に小さな穴を開け、声もなく、崩れ落ちていく。ローテーションのために密集していた隊列は、それ自体が、格好の的となった。指揮を執っていた隊長が、胸から血飛沫を上げて吹き飛ぶ。旗手が、眉間を撃ち抜かれて倒れ、軍旗が、力なく砂塵にまみれた。


「ひいっ! どこからだ! どこから撃ってきやがる!」

「見えない! 敵の姿が見えん!」

「これは……戦ではない! ただの、虐殺だ……!」


 恐怖は、伝染する。

 あれほど自信に満ちていたサラム軍は、完全に統率を失い、武器を捨て、我先にと、背中を向けて逃げ惑い始めた。


(……まだだ。まだ、終わらせない)


 僕は、その無様な敗走を、冷たい目で見下ろしながら、第二の命令を下した。


「全軍、塹壕より、出よ! ……追撃を開始する」


 その号令に、それまで身を潜めていた一万のライフル兵たちが、一斉に、雄叫びと共に塹壕から飛び出した。

 それは、狩りの時間だった。

 逃げるサラム兵の背中に、容赦なく、正確無比な銃弾が、次々と撃ち込まれていく。

 立ち止まり、膝をつき、正確に狙いを定めて撃つ者。走りながら、腰だめで牽制射撃を行う者。僕の兵士たちは、もはやただの農民ではない。この、新しい時代の戦い方を、完全に理解した、冷徹な狩人へと、変貌していた。


 悲鳴と、断末魔が、平原にこだまする。

 やがて、全ての音が止んだ時。そこに広がっていたのは、サラム軍の無数の亡骸と、静かに、そして黙々と、自らのライフルの手入れを始める、茶色い軍服の兵士たちの姿だけだった。

 僕は、その光景を、ただ、じっと見つめていた。


(……これが、僕の選んだ戦いだ。僕の、家族と国を守るための……)


 勝利の歓声は、どこにもない。

 ただ、乾いた風が、硝煙の匂いを、遠くまで運んでいくだけだった。

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