第111話 砂漠の模倣者と紅い砂嵐
【サラム国王 ジャファル視点】
『アヴァロン帝国歴165年 11月10日 昼 砂塵』
ヴィンターグリュン王国より帰還した使節団が、玉座の間にひれ伏し、震える声で報告を終えた。
北の田舎王ライルは、我らが妹、ファーティマの引き渡しを、傲慢にも拒絶した、と。
「……そうか。分かった、下がれ」
わなわなと怒りに震える家臣たちを下がらせ、一人になった玉座の間で、我は、口の端に、歪んだ笑みを浮かべた。
(ククク……愚かな田舎王め。たかが妹一人に固執するとはな。だが、好都合だ。これで、あの男を討つための、大義名分が立った)
我は、密偵長として重用している男、ハキムを呼びつけた。奴は、数年にわたりヴィンターグリュンに潜入し、あの国の力の源泉……『銃』と、その運用方法を、見事に盗み出してきた、我が最高の駒だ。
「ハキムよ、例のものの準備は、進んでおるか」
「はっ。陛下の御慧眼通り、全て順調にございます」
我は、ハキムを伴い、王都の地下に極秘裏に作らせた、巨大な兵器工房へと足を運んだ。
そこでは、何百人という職人たちが、灼熱の炉の前で、汗だくになりながら槌を振るっている。彼らが作り出しているのは、ヴィンターグリュンで使われているという、あの黒い鉄の棒、火縄銃だ。
見よう見まねで作らせた、粗悪な模倣品。だが、数さえ揃えれば、それは本物を凌駕する力となる。
次に、我らは王都郊外の秘密練兵場へと向かった。
砂塵が舞う荒野で、千人の兵士たちが、我らが作り上げた火縄銃を手に、奇妙な隊列を組んで訓練に励んでいた。
「撃てッ!」
号令と共に、一斉に轟音が響き渡る。
『ヴィンターグリュン・ローテーション』。あの田舎王が編み出したという、絶え間なく弾丸を撃ち続けるための戦術。我らは、それすらも、完璧に模倣してみせたのだ。
「いかがでしょう、陛下。これさえあれば、もはや、北の蛮族など、恐るるに足りませぬ」
ハキムが、得意げに胸を張る。
(そうだ。これだけの力があれば……)
我は、この新しい力を背景に、国内の粛清を開始した。
まずは、父ラシードの代から仕える、古い考えに凝り固まった、穏健派の貴族どもだ。
「者ども、聞け! 父王を支持していた者たちの中に、北の蛮族と内通し、この国を売り渡そうとした、大逆人がいることが判明した! 全員、捕らえよ!」
突然の罪状に、貴族たちは「無実だ!」と叫ぶ。だが、彼らの声は、我らが銃兵隊の一斉射撃の前に、虚しくかき消されていった。
そして、最後の一人。我が、実の弟、カシム。
民からの人望も厚く、父上に可愛がられていた、あの甘い男。奴がいる限り、我の玉座は、決して安泰ではない。
我は、カシムを玉座の間に呼び出した。
「兄上! なぜ、このような非道を! 罪なき貴族たちを殺し、国を混乱させて、何になるというのです!」
「非道? 違うな、カシム。これは、この国が、より強く生まれ変わるための、必要な儀式だ。お前のような、甘い考えの者に、この国の舵取りは任せられん」
我は、衛兵に目配せをした。カシムが、抵抗する間もなく、取り押さえられる。
「兄上! 貴方は、間違っている!」
「黙れ。お前は、少し、頭を冷やすがいい」
弟の悲痛な叫びを背に、我は、冷たく言い放った。カシムは、王宮の地下深くにある牢獄へと、引きずられていった。
これで、邪魔者は、全て消えた。
我は、再び、一人になった玉座の間で、遠い北の空を睨みつけた。
(待っていろ、ライル・フォン・ハーグ。貴様が愛する家族も、貴様が築き上げた国も、その全てを、この我が手で、砂漠の塵にしてくれるわ)
我が野望が、今、熱い砂嵐となって、世界を覆い尽くそうとしていた。
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