第11話 冬の宴と青銅の筒
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴156年 12月25日 夜 雪』
ハーグに、初めての冬が訪れた。世界は白い雪に覆われ、身を切るような冷たい風が吹き荒れる。だが、この街は不思議な熱気に満ちていた。
ユーディルが率いる闇ギルドの潤沢な資金によって、腕利きの傭兵たちが次々と集結した。さらに、僕の元にフリズカ王女が身を寄せているという噂を聞きつけ、北方の民が雪を避けるようにして、この街へと逃げ込んでくる。人口は日に日に増え、街は急ごしらえの活気に沸いていた。
その夜、暖炉の炎がぱちぱちと音を立てる執務室で、僕たちはささやかな宴を開いていた。冬を越せない家畜を潰して作った塩漬け肉と、闇ギルドがどこからか仕入れてきたエールがテーブルに並ぶ。
「まったく……陛下は無茶をおっしゃいますし、閣下はすぐに流されますし、人口は増えすぎて食料の管理が大変ですし……私の苦労も、少しは考えていただきたい……」
普段は冷静沈着なヴァレリアが、頬を赤らめて愚痴をこぼしている。どうやら、彼女は酒にあまり強くないらしい。
「ライル様……貴方様こそ、我ら北の民にとっての希望の光……。このご恩は、決して忘れません……」
隣に座るフリズカ王女が、潤んだ瞳で僕の手を握りしめてくる。その真剣な眼差しに、僕はどうしていいかわからず、ただ曖昧に笑うしかなかった。
そして、一番の問題は、部屋の隅で静かにエールを飲んでいた闇の女教皇、ノクシアだった。彼女は杯を空けると、おもむろに立ち上がり、ふらりとした足取りで僕に近づいてきた。そして、着ていたローブの肩をスルリとはだけさせると、僕の腕にその華奢な体を預けてきた。
「……ライル……温かい……」
(僕の周り、まともな人がいないのかな……?)
右からは王女に手を握られ、左からは半裸の教皇に寄りかかられ、正面では副官に愚痴を言われる。僕は、ただただエールをあおった。
窓の外では、雪にも負けず、傭兵団の訓練の声が響いている。ゼルガノス団長のもと、今やその兵力は一万にまで膨れ上がっていた。そして、街の外れにあるアシュレイの工房からは、時折「ヒャッハー! いい感じにキてますよぉ!」という甲高い笑い声と、小さな爆発音が聞こえてくる。
そんなカオスな宴がたけなわになった頃、火薬の匂いをさせたアシュレイ本人が、勢いよく執務室の扉を開けた。
「ライルさーん! ついに、ついに完成しましたよ! 私の最高傑作が!」
興奮した様子で、彼女は僕の腕をぐいぐいと引く。
「さあ、早く来てください! 見せてあげますから!」
ヴァレリアやフリズカたちに促され、僕はコートを羽織ると、アシュレイに連れられて夜の雪原へと向かった。
ハーグの街の外、雪が降り積もるだだっ広い練兵場に、それはあった。
月明かりを浴びて鈍く輝く、巨大な青銅製の筒。僕の背丈ほどもあるそれが、まるで墓標のように、等間隔にずらりと十本も並べられていた。その異様で、荘厳で、そして不気味な光景に、僕は息をのんだ。
「アシュレイさん……これはいったい、何?」
僕の問いに、アシュレイは片眼鏡をキラリと光らせ、満面の笑みを浮かべた。
「ふふふ……これこそ、これからの戦争の形を、根底から変える新兵器……」
彼女は筒を愛おしそうに撫でながら、誇らしげに言った。
「『大砲』ですよ!」
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