第104話 子供たちがつぎつぎと うれしいっ!
【ファーティマ視点】
『アヴァロン帝国歴164年 11月10日 昼 曇り』
ヴィンターグリュン王国に、冬の足音が聞こえ始めた頃。わたくしたち三人が暮らす白亜の館は、日に日に大きくなっていくお腹と、それに伴う温かい期待に満ちていました。
故郷サラムでは、たくさんの子供は、神から与えられた最大の祝福とされています。まさか、このわたくしが、遠い異国の地で、その祝福を授かることになろうとは。窓の外で舞い始めた粉雪を眺めながら、わたくしは自らのお腹をそっと撫でました。この中に、愛するライル様と、わたくしの血を引く新しい命が宿っている。その事実が、たまらなく愛おしく、そして誇らしいのです。
「あら、ファーティマ。また、お腹の子と話していましたの?」
暖炉の前で編み物をしていたフリズカさんが、優しく微笑みかけてくれます。彼女のお腹は、わたくしたち三人の中で一番大きく、もういつ生まれてもおかしくないほどです。
「はい。この子が、ライル様のような、優しくて強い子に育ちますように、と」
「ふふっ、きっと、そうなりますわ。この国の、希望の光ですもの」
隣の椅子では、ヒルデさんが、静かに、しかし幸せそうな顔で、小さな産着に美しい刺繍を施していました。彼女もまた、新しい命の誕生を、心待ちにしている一人なのです。
立場の違う、三人の異国の姫君。わたくしたちは、ライル様という一本の大きな木に寄り添うようにして、今や、本当の姉妹のように、穏やかな日々を過ごしておりました。
最初の歓声が、館に響き渡ったのは、それから数週間後の、雪が深く降り積もる夜のことでした。
「フリズカ様が、産気づかれました!」
侍女の慌ただしい声。わたくしとヒルデさんは、すぐに彼女の部屋へと駆けつけました。
北の王女である彼女は、陣痛の苦しみの中にあっても、気丈さを失ってはいませんでした。
「うっ……! これしきの痛み、北の吹雪に比べれば……!」
歯を食いしばり、痛みに耐えるその姿は、まるで戦場に立つ戦士のよう。アシュレイ様とヴァレリア様が、経験者として冷静に指示を飛ばし、わたくしたちも、ただただ彼女の手を握り、励ますことしかできません。
夜明け前、ついに、力強い産声が上がりました。北の民の血を引く、元気な男の子。その子には、北方の伝説の英雄の名から『シグルド』と名付けられました。
「よく、頑張ったな、フリズカ」
駆けつけたライル様が、疲れ果てた彼女の髪を優しく撫でる。その光景が、あまりに温かくて、わたくしの目にも、涙が滲みました。
次に、その時が訪れたのは、年が明けた、まだ寒さの残る早春のことでした。今度は、ヒルデさんです。
彼女は、フリズカさんとは対照的に、声を殺し、ただ静かに、その痛みに耐えていました。その瞳には、母親になる喜びと、自らの出自に対する、消えぬ葛藤が揺らめいているように見えました。
「わたくしのような、奴隷の身が……王の子を産むなど……許されるのでしょうか……」
そんな彼女の手を、今度はフリズカさんが、力強く握りしめます。
「何を言うのです、ヒルデ。貴女は、もう、奴隷などではない。この国の、そして、わたくしたちの大切な家族ではありませんか」
そして生まれたのは、ヒルデさん自身にどこか似た、穏やかで、優しい顔立ちの女の子でした。ライル様は、その子を抱き上げると、ヒルデさんに向かって、はっきりとこう仰いました。
「ありがとう、ヒルデ。君は、僕の大切な家族だ。この子に、君の故郷で、最も美しい花の名前をつけよう」
その言葉に、ヒルデさんの目から、大粒の涙が、止めどなく溢れ落ちていました。
そして、ついに、わたくしの番がやってまいりました。
春爛漫の、花々の香りが館を満たす、穏やかな日の午後でした。
経験したことのない痛みに、意識が遠のきそうになります。ですが、アシュレイ様やヴァレリア様が、そして、今や母となったフリズカさんとヒルデさんが、ずっとそばで、わたくしの手を握り、励まし続けてくれました。
わたくしは、もう一人ではありません。異国の地で、こんなにも温かい家族に囲まれている。その事実が、わたくしに、最後の力を与えてくれました。
生まれたのは、東方の砂漠に咲く、一輪の花のように、エキゾチックな顔立ちの、元気な女の子でした。
「やったな、ファーティマ!」
ライル様が、わたくしの額の汗を、優しく拭ってくださる。その腕の中には、わたくしたちの子が、すやすやと穏やかな寝息を立てていました。
その夜。館の広間には、ライル様と、わたくしたち母親、そして、生まれたばかりの赤子たちが、全員、顔を揃えていました。
アシュレイ様とレオ様、ヴァレリア様とフェリクス様、ノクシア様とアウロラ姫。そして、フリズカさんとシグルド王子、ヒルデさんとソフィア姫、そして、わたくしと、我が子ジャスミン。
様々な国の、様々な立場の者たちが、こうして一つの大きな家族として、笑い合っている。
(ああ……、なんという、奇跡のような光景でしょう)
わたくしは、腕の中の小さな温もりを、ぎゅっと抱きしめました。
この、温かく、少し騒々しくて、そして、かけがえのない日常こそが、この方が守り、作り上げた、最高の宝物。
(ライル様。貴方様こそ、世界で一番、豊かで、そして幸福な王ですわ)
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