第103話 そうだ! 将来のために木材を植えよう!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴165年 4月10日 昼 快晴』
春。ヴィンターグリュン王国は、どこまでも穏やかな光に満ちていた。
僕の息子たち、レオとフェリクスは、最近では城の中庭を元気に駆け回るようになり、娘のアウロラも、可愛らしい声で僕のことを「ぱーぱ」と呼んでくれるようになった。フリズカさんたちのお腹も日に日に大きくなって、城は新しい命の誕生を待つ、幸せな期待に包まれている。
(いいなあ……。この、当たり前の毎日が、本当に宝物みたいだ)
そんな、うららかな昼下がり。僕が執務室で、ウトウトと春の陽気にまどろんでいた時だった。アシュレイと、製紙工場の責任者になったクララちゃん、そして交易担当のビアンカが、揃って難しい顔でやってきた。
「ライル。ちょっと、まずいことになってきたっスよ」
アシュレイが差し出した報告書には、僕の知らない難しい数字が、ずらりと並んでいた。
「クララ製紙の稼働により、我が国の紙の生産量は、当初の予測を遥かに超えて伸びています。それは、素晴らしいことなのですが……」
ビアンカが、深刻な声で言葉を継ぐ。
「このままのペースで生産を続ければ、あと十年……いえ、五年もすれば、我が国の木材資源は、完全に枯渇してしまいますわ」
「木が、なくなっちゃう……?」
「左様です。木材の価格も、すでに高騰を始めております。これは、王国の経済そのものを揺るがしかねない、重大な問題です」
三人の深刻な報告を聞きながら、僕は、うーん、と腕を組んで考え込んだ。
紙を作るには、木がいる。でも、木を切ったら、森はなくなってしまう。森がなくなったら、紙も作れなくなる。
(……あれ? なんだか、すごく、簡単なことじゃないかな?)
僕は、皆の顔を見回して、いつものように、思ったことをそのまま口にした。
「木がなくなって困るならさ、今のうちに、僕たちでたくさん植えておけばいいんじゃないかな?」
「「「……え?」」」
僕の、あまりに単純な一言に、その場にいた全員が、ぽかんとした顔で固まった。
「だ、だって、森がなくなるのが問題なんでしょ? だったら、今のうちから、いっぱい苗木を植えて、僕たちの手で、新しい森を作っちゃえばいいんだよ。そうすれば、何十年か先には、木材に困らなくなるじゃない」
僕がそう言うと、アシュレイが、ばっと顔を上げた。
「そ、その手があったかーっ! 私は、代替資源を探すことばっかり考えてた! なんて単純で、なんて根本的な解決策っスか!」
「未来への、投資……。陛下、恐れ入ります。その長期的な視点、わたくしには、まったくございませんでしたわ」
ビアンカも、心の底から感心したように、深いため息をついた。
こうして、僕の、ただの素人考えから、ヴィンターグリュン王国の、百年先を見据えた、壮大な国家プロジェクトが始まることになった。
その計画の中心人物となったのは、もちろん、農業担当のゲオルグさんだった。
「ライル様! 素晴らしいお考えです! このゲオルグ、感動いたしました!」
彼は、僕が頼んでもいないのに、目をきらきらと輝かせながら、王国中の土地を自らの足で歩き回り、植林に最適な土地と、その土地に合う苗木の種類を、完璧にリストアップしてくれた。
「この北の痩せた土地には、寒さに強く、成長の早い松の木を。南の、水豊かな谷間には、家具の材料にもなる、上質な樫の木を植えましょう。さすれば、この国は、百年後、豊かな森に抱かれた、緑の国となりましょうぞ!」
ゲオルグさんの指揮のもと、王国を挙げての植林事業が始まった。
手の空いている兵士も、農夫も、そして僕のパパ友たちも、皆、スコップと苗木を手に、楽しそうに土を掘り返している。
もちろん、僕も、レオとフェリクスを連れて、その輪に加わった。
「いいかい、二人とも。この小さな苗木が、いつか、空まで届くくらい、大きな木になるんだ。君たちが、おじいさんになる頃にはね」
僕がそう言うと、二人は、小さな手で、一生懸命に土をかぶせ、「おおきくなーれ」と、可愛らしい声で苗木に話しかけていた。その光景を見ているだけで、僕の心は、温かいもので満たされていく。
この、壮大な森林事業の噂は、すぐに帝都の皇帝陛下の耳にも届いたらしい。
後日、陛下から届いた手紙には、ただ一言、こう書かれていた。
『面白い。その森、朕にも見せてみよ』
そして、ヴェネディクト侯爵からは、大量の資金と共に、こんな手紙が送られてきた。
『ライル侯爵閣下。貴殿の、そのあまりに壮大で、しかし確実な未来への投資、このヴェネディクト、心より敬服いたしました。つきましては、この事業、是非とも我らにも一口、乗せてはいただけませんかな?』
国作りって、なんだか、畑仕事と、すごく似ているのかもしれない。
今日、僕たちが植えた、この小さな苗木が、いつか、僕の子供たちが、そして、そのまた子供たちが暮らす未来の国を、豊かにしてくれる。
僕は、どこまでも続く、若い苗木の列を眺めながら、そんなことを、ぼんやりと考えていた。
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