第102話 製紙事業は爆発的なオチと共に 余にも撃たせろライル!
【ヴェネディクト侯爵視点】
『アヴァロン帝国歴164年 12月10日 昼 快晴』
私と皇帝陛下、そしてランベール侯爵は、帝国の未来を左右すると言っても過言ではない、潤沢な資金を手に、意気揚々と北の都ハーグへと乗り込んだ。
『クララ製紙』の経営権を、金の力で掌握する。私の計画は、完璧なはずだった。
だが、ハーグの城に到着した我らを待っていたのは、丁重な出迎えでも、緊張感に満ちた会議室でもなかった。
「申し訳ございません。ライル様とアシュレイ様、そしてクララは、今、城の裏手にある新しい射撃場におられます」
侍女の、あまりに間の抜けた報告。私は、眉間に深い皺が刻まれるのを感じた。この、国家間の重大な取引を行おうという時に、射撃場で遊んでいるだと?
我らが、その射撃場とやらに向かうと、入り口を、一人の影のような男が、腕を組んで塞いでいた。ユーディルとかいう、ライル侯爵の腹心だ。
「この先は、軍事機密区域。何人たりとも、立ち入りを禁ずる」
その男が、氷のような視線を我らに向けた、その時だった。私の隣で、退屈そうにしていた皇帝陛下が、一歩前に出られた。
「朕が入るのに、誰の許可がいると申すか」
「……っ! へ、陛下!?」
ユーディルとかいう男は、さすがに驚きを隠せぬようだった。彼は、深いため息を一つつくと、「……まあ、陛下がおられるのであれば、隠し立てもできませぬか」と、渋々、我らを中へと通した。
そして、我らは、見てしまった。
この帝国の、いや、この世界の、新たな時代の恐怖を。
ドッガアアアアン!
射撃場に足を踏み入れた瞬間、鼓膜を破るような轟音と、地面を揺るがす衝撃が、我らを襲った。
遥か先の丘の中腹が、土煙を上げて、跡形もなく吹き飛んでいる。
ライル侯爵と、その妻アシュレイ、そしてクララとかいう若い娘が、ずんぐりとした鉄の筒……見たこともない兵器を囲んで、手を叩いて喜んでいた。
「すごい! すごいよアシュレイ! 山なりに飛んで、あんなに遠くで爆発するなんて!」
「ふふん! これが、曲射砲……『迫撃砲』と、榴散弾の威力っスよ!」
それまで、退屈そうに成り行きを見守っていた皇帝陛下の目が、カッと見開かれた。その表情は、もはや帝国の支配者のものではない。新しい玩具を見つけた、ただの子供の顔だった。
「おおおおおおお! なんだ、あの新しい玩具は! 面白い、実に面白い! 我にもそのおもちゃを撃たせよ、ライル!」
陛下は、我らのことなど、すっかり頭から抜け落ちてしまったご様子で、一目散に、その鉄の筒へと駆け寄っていった。
私とランベール侯は、ただ、その場で呆然と立ち尽くす。
製紙事業の覇権を握るための、壮大な計画。その全てが、この一瞬で、茶番へと変わってしまった。
そんな我らの前に、いつの間にか、一人の女性が立っていた。交易担当のビアンカだ。彼女は、優雅な笑みを浮かべ、一枚の羊皮紙を差し出してきた。
「ヴェネディクト侯爵様、ランベール侯爵様。お待ちしておりましたわ。こちらが、『クララ製紙』の、株の購入契約書でございます」
提示された株価は、確かに高い。だが、法外というほどではない。極めて、無難な価格設定だった。
もはや、交渉の余地など、どこにもない。我らは、その契約書に、黙って署名するしかなかった。
遠くで、皇帝陛下とライル侯爵夫妻の、楽しげな笑い声と、時折響き渡る、すさまじい爆発音が聞こえてくる。
(……製紙事業の覇権を握るための、壮大な計画だったはずだ。それが、どうだ。この爆発的な結末は……)
私は、深いため息をついた。
あの男、ライル・フォン・ハーグに関わると、どうして、こうも全ての物事が、こちらの想定を、常識を、遥かに超えていってしまうのだろうか……。
それにしても楽しそうなライルたちと皇帝陛下であった。
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