第10話 皇帝の賭けと王女の誓い
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴156年 11月10日 昼 晴れ』
ふたたび訪れた帝都フェルグラント。その壮麗な玉座の間で、僕はユリアン皇帝陛下に、北方で起きた新たな騒乱のすべてを報告していた。
玉座で頬杖をつき、退屈そうに聞いていた皇帝の目が、話が進むにつれて面白そうに細められていくのがわかった。僕がフリズカ王女からの「北方の王になってほしい」という懇願を口にしたとき、皇帝はとうとう声を上げて笑った。
「はっ! 北方の王、だと? 面白い! 実によくできた冗談だ!」
皇帝は玉座からすっと立ち上がると、僕の目の前まで歩み寄ってきた。
「いいだろう、ライル・フォン・ハーグ。もし本当にお前の力だけで、あの雪と氷に閉ざされた地を制覇できたなら……朕が直々に、お前を『北方の王』として認めよう」
その言葉に、僕は息をのんだ。
「ただし、帝国からの援軍は一兵たりとも出さん。これは、お前自身の戦いだ。せいぜい、その幸運とやらで足掻いてみるがいい」
そう言って、皇帝はひらひらと手を振った。まるで、面倒な仕事でも片付けたかのように。
「お待ちください、陛下! そのようなご決定、断じて認められませんぞ!」
突如、謁見の間の扉が開き、豪奢な貴族服に身を包んだ初老の男が乗り込んできた。保守派貴族の筆頭、ダリウス公爵だ。
「このような素性の知れぬ元雑兵に、辺境伯の地位どころか、王位までお与えになるとは! 帝国の栄光ある秩序が乱れます!」
ダリウス公爵は、僕を汚物でも見るかのような目で見下している。その威圧に、僕は身を縮こませた。だが、皇帝はゆっくりと公爵の方を振り返ると、温度のない声で言った。
「あのさぁ、ダリウス卿。お前が後方の天幕で震えている間に、敵将グルンワルドを討ち取ったのはこいつだ。その手柄は、公爵位にも値すると俺は思うがな。違うか?」
「ぐっ……」
皇帝の冷たい視線に、ダリウス公爵は押し黙るしかなかった。僕は、二人の巨大な権力者の間で、ただ小さくなっていることしかできなかった。
ハーグに戻った僕は、執務室で待つ仲間たちとフリズカ王女に、皇帝の決定を伝えた。
「おお! つまり、我らの力で国を一つ獲ってこいと! 血が滾りますな、ライル様!」
傭兵団長のゼルガノスが、拳を握りしめて叫ぶ。
「新しい火薬の実験場ができますね! 今度は山が丸ごと吹き飛ぶくらいのやつを試しましょう!」
アシュレイの目が、きらきらと輝いている。
「……ドラガル王の統治には、不満を持つ者も多いはず。内部からの切り崩しも可能でしょう」
ユーディルが、冷静に分析を加えた。
最後に、ヴァレリアが地図を広げて言った。
「ですが、これから北方は厳しい冬に入ります。この時期の進軍は不可能。出陣は、雪解けを待って来春とすべきです」
その提案に、反対する者はいなかった。こうして、僕の……いや、僕たちの北方出兵が正式に決まった。
その夜、軍議が終わった後、フリズカ王女が一人で僕の部屋を訪ねてきた。月明かりに照らされた彼女の顔は、決意に満ちていた。
「ライル様……私の、そして民の希望を受け入れてくださり、心より感謝いたします」
彼女は僕の前に進み出ると、その青い瞳で、僕をまっすぐに見つめた。
「もし、貴方様が我が故郷を取り戻してくださったなら……その暁には、このフリズカの身も魂も、すべて貴方様に捧げます。それが、スヴァルディアの王女としての、私の誓いです」
(えっ?)
あまりに真剣な瞳と、あまりに重い言葉に、僕の思考はまたしても停止した。
(それって、つまり……お嫁さんになるってこと? いいの? いや、よくない! 色々と飛び越えすぎじゃない!?)
僕が何も言えないでいると、彼女は静かに一礼し、部屋を出て行った。残されたのは、甘い花の香りと、僕の頭の中に渦巻く、巨大な疑問符だけだった。
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