97、救護室にて
「殺されるかと思ったわ。カシスさん、剣を投げてくれてありがとう。あの人達、私に殺意を向けていたのよ」
救護室に運ばれた三人。カシスも、第二王子が盾になってくれたが、短剣を構えていた右腕を中心に、軽い火傷を負っていた。
イザベルは、カシスのことを認めたのか、名前を呼ぶようになった。彼女は治療が終わったため、すっかり元気だ。
「俺が防御魔法を発動できなかったせいです。お二人には、本当に申し訳ないです」
ジョセフは、治癒魔法を受けながら、深々と頭を下げた。
「私でさえ動けなくなったんですもの。貴方が責任を感じる必要はないわ。カシスさんは、シルバーカードの冒険者だから、魔物と戦い慣れているのよ。しかし、第二王子ウィルラーク様が止めに入ってくださるなんて、驚いたわ。もしかして、私との婚約をお望みなのかしら」
イザベルは、カシスの方を向いていたが、カシスはどう返事すべきかわからない。治療待ちをしているカシスが無意識に右腕に触れると、イザベルは納得したように口を開く。
「カシスさんは、火傷が痛くて、それどころじゃなさそうね。あんな爆炎を人間に放つなんて、ありえないわね」
カシスは、軽く頷いておいた。痛くて喋れないことにしようと考えた様子。
「確かに、対戦相手は異常でしたね。俺も、相手の殺意を感じました。魔獣の咆哮は、初めて受けましたよ」
「人間があんな術を使うなんて、誰も予想もしないわよ。昨日は、別の状態異常魔法を使っていたわ。審判に忠告されていたはずよ」
「相手の行動を封じるのは作戦かもしれないけど、交流試合でやるべきことじゃないですよね」
「ええ、卑怯だわ。第二王子ウィルラーク様も、怒っておられたわね。王族が見ている前で、よくあんなことをするわね」
「第二王子は、冷徹だと噂されていますが、規律を乱す者に対して厳しいだけかもしれませんね。第二王子が間に入って止めてくれなかったら、あの炎で、俺達3人とも死んでいましたよ。背後の観客も無事では済まない」
ジョセフがそう言うと、イザベルはブルッと震えた。治療が終わったことで、より一層、恐ろしさを感じたのだろう。
ジョセフの治療が終わると、治癒魔導士は、カシスに柔らかな光を放ち始めた。しばらくすると、火傷はすっかり綺麗に治った。
「ありがとうございます。すごいですね。こんなにすぐに、綺麗に治るなんて」
カシスは、目を輝かせている。
「たいしたことありませんよ。皆さんが無事で、本当に良かったです。治ったように見えますが、まだ痛みは残っているはずです。無理をしないようにしてください。あっ、治癒魔法の余韻が消えるまで、ここにいてくださいね。経過観察が必要です」
(もう痛くないよ?)
「余韻が消えると、痛むでしょうね。特に、手はすぐに使ってしまうから、お二人は、数日間は辛いでしょうね」
ジョセフは、カシスにも丁寧な言葉を使っている。イザベルの前だからだろう。
「痛みが酷いようなら、お薬も出しますね。とりあえず、薬湯だけは飲んでもらいましょうか」
治癒魔導士が、別の職員にそう言うと、3人にニガイ薬湯の入ったカップが渡された。
「アスナログス国のことに関する記事が出ているわ。秋は、混血種の繁殖期らしくて、獰猛になるんですって。やはり野蛮な国だわ」
(繁殖期?)
カシスは、ニガイ薬湯をちびちびと飲んでいた。子供の頃に飲まされた水薬よりは飲みやすいと感じたが、ジョセフは、一口飲んだだけでギブアップらしい。
「それで、俺達に殺意を向けていたのか。まるで、獣ですね」
「そうとわかっていれば、参加させるべきじゃなかったわよね。秋の感謝祭を仕切っているのは、各国のギルドでしょう?」
「第二王子が、交流を止めるとおっしゃっていましたね。彼は、盲目だという噂もありますが、外交の仕事もされているのかな」
ジョセフは、カシスに尋ねたつもりだったが、ニガイ薬湯と格闘しているカシスは、自分に話を振られたことに気づいていない。
「あーっ! ちょっと待って。カシスさんって、王女ファファリア様の専属執事じゃない! 知らなかったわ。すごい有名人じゃないの」
(あっ、バレた)
「あ、はい。妙な記事が出ていて困ります」
「スクルト家の貴方も、かなり隠し撮りされているわね。私は、こういう情報は読まないから、全然知らなかったわ」
「えっ? 俺も何か書かれているのですか?」
ジョセフも、ゴシップ記事は知らなかった様子。魔道具を操作するイザベルと一緒に、記事を読んでいる。
「目の前で見ると、カシスさんは女の子っぽい坊やだけど、こういう映像や画像になると、確かにカッコいいわね。私、王女ファファリア様が大好きなの。可愛らしくて聡明で、しかも毅然とした態度も取られるでしょう? カシスさんと友達になったら、王女ファファリア様とお話しできるかしら。あっ、もう、お友達よね?」
「あ、はい。イザベル様とお友達だなんて、畏れ多い気もしますが、そう言ってくださると嬉しいです」
カシスがそう答えると、イザベルはカシスの手をガシッと掴んだ。
(この感じって……)
まさしく悪役令嬢イザベルだと、カシスは感じた。乙女ゲームの中の悪役令嬢イザベルも、何かの目的があると、勝手にお友達にされてしまう。用済みになると、さっさと縁を切られるが。
「経過観察時間は、これで終了です。痛みがそろそろ出てきているでしょうが、お薬は必要でしょうか」
カシスは、右腕や顔がヒリヒリすると感じた。
「そうね、神経を傷つけられたから、痛むわね。お薬をいただきましょう」
イザベルがそう提案したことで、カシスとジョセフも、数日分の薬をもらって、救護室から出て行った。




