96、止めに入った第二王子
「これより、学生交流試合、準決勝の第2戦を開始します。両校は、所定の位置まで進んでください」
広い闘技場には、大勢の観客が入っていた。そして、ガラス張りになった特別室には、ガラスに張り付いて手を振る王女の姿があった。
(ふふっ、癒される〜)
声は聞こえないが、王女をガラスから引き剥がそうとするスグリット王子が何を言っているのか、カシスには容易に想像できた。スグリット王子は、病弱な妹がはしゃいでいることを心配しているだろう。
そして、第二王子の姿も見える。賑やかな弟と妹に、ため息を吐いているのだろうと、カシスは想像していた。
「坊や、対戦相手は魔物だと言っていたけど、訂正するわ。あのリーダーは、厄災をもたらす魔女よ。私の元には多くの情報が集まっているの。適当に負けるわよ」
(えっ? 魔女?)
イザベルが、わざと負けると言ったことにも驚いたが、魔女という言葉で、カシスは息苦しさを感じた。しかし、カシスが知る魔女ではない。どちらかといえば、カシスの目には、対戦相手は魔物に見える。
「スクルト家の貴方、開始直後に、私達に可能な限りの防御魔法をお願い。私達は、すぐに突っ込んで、すぐに負けるから」
「はい、了解です」
ジョセフは、イザベルが怯えているのだと気づいた。リーダーが怯えれば、もう勝利はない。ジョセフは、早く試合を終わらせようと、気持ちを切り替える。
「それでは、始め!」
グォォオオオオッ!
(な、何?)
相手の剣士が開始直後に、いきなり吼えた。カシスは、激しい耳鳴りとめまいを感じたが、必死に模擬剣を構える。
だが、ジョセフからの支援魔法がない。すぐに突っ込んで負けると言っていたイザベルも、動かない。
チラッと確認すると、二人とも固まっていた。カシスの目には、震えているように見えたが、すぐに、動きを封じられたのだと気付いた。
(魔獣の咆哮だわ)
カシスだけが剣を構えたのを見て、二人が同時に飛びかかってくる。カシスがさっと受け流すと、その二人はターゲットを変え、動けないジョセフの右足の太ももを斬り、イザベルの利き手を斬った。
模擬剣を使っていれば、こんなにスパッと斬れるはずがない。足を斬られたジョセフは倒れたが、イザベルはまだ立ったまま動けない。斬られた腕からは、ダラダラと出血している。
「審判! あの人達は、模擬剣じゃなく真剣を使ってます!」
カシスは即座に抗議したが、審判も、最初の咆哮で行動不能になっていた。
観覧席にいた人達も、カシス達の背後にいる人達は、完全に固まっている。咆哮を受けなかった側の観客は、ザワザワと騒がしくなってきた。
だが、誰も、試合を止めない。
そして、まだ立っているイザベルに、再び斬りかかろうとした相手に、カシスは持っていた模擬剣を投げた。剣士が剣を投げることは、負けを認めることになり、試合は終了だ。カシスは、イザベルの身を守るために、模擬剣を投げる判断をした。
「おい! 審判、止めろよ! アスナログス国のチームの勝ちだ。おまえら、終了だ!」
観客席にいた冒険者が、そう叫び始めた。だが、イザベルが魔女だと言っていた女性は、手に魔力を集めている。
(嘘っ!)
彼女は明らかに、カシスに殺意を向けていた。そして、振り上げた手を前に押し出す。大きな炎が、カシスに向かって放たれた。
カシスは、護身用の短剣を抜く。だが、短剣で炎魔法を切ることなんて、不可能だ。
(死ぬ……)
絶対的な無力感で、心が潰れかけたとき、カシスの前に白い背中が見えた。
彼女が放った炎は、カシスには当たらない。
カシスは、自分の前に立った人物が、防御壁を作り出したのだとわかった。透明な壁の先にいる対戦相手が、驚いた顔をしていることに、カシスは違和感を感じた。
「おまえ達は、失格だ。交流試合は殺戮を楽しむ場ではない。以後、アスナログス国との交流は、お断りする」
(あっ、仮面王子だ)
そして彼は、付近に魔力を放つ。
すると、カシスの耳鳴りとめまいが消えた。そして動けない状態だったイザベルは、その場に倒れた。
審判は慌てて、第二王子に駆け寄っていく。
「ウィルラーク王子、あの、えーっと……」
審判は、言葉が出てこないらしい。
「昨日の交流試合でも、アスナログス国と対戦したチームに死者が出ている。審判は何をしているのだ! 学生の交流試合だぞ」
「も、申し訳ありません。ただ、どちらかが試合放棄をしていない状態では、止められませんし……」
「は? 模擬剣しか使用しないはずなのに、なぜ二人は流血している? しかも、彼が試合の棄権の合図をしたではないか。なぜ、止めない?」
「いや、その、驚いてしまったといいますか、その……」
観客席から、冒険者が数人、闘技場内に降りてきた。
「第二王子、それは、審判には荷が重いでしょう。冒険者でなければ、魔獣の咆哮を受け流す術を知らない。しかし、アスナログス国のチームには、事情を聞く必要がありそうですね。対戦相手を殺す気だと感じました」
「それは、冒険者ギルドに任せる」
「ふっ、冷徹な仮面王子でも、自国の学生は守るのですね。あぁ、公爵令嬢もおられるからか」
「私の目の前で、規律を無視したふざけた試合は認めない。それだけだ」
そう言うと、第二王子は、スッと姿を消した。
カシスには、ガラス張りの席に第二王子が戻ったのが、見えた。王女が、第二王子に飛びついている。
(ファファリア様が、動かしたのね)
第二王子が何者かを知らないカシスは、王女が頼んだのだと考えていた。実際には、彼自身の判断で、危険をかえりみずに止めに入ったのだが。
そして交流試合は、試合放棄をした王立大学校も負けとなり、第1戦の勝者である魔法大学校の優勝となった。




