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94、紫色の花と涙

「カシスは、それで、酒場ベリーズの手伝いをしていたってこと? ラークさんも?」


 王女の夕食の後、カシスも夕食を取り、いつものように王女の私室にデザートを持っていくと、早速、かわいい取り調べが始まった。


 今夜は、スグリット王子は外出しているらしく、まだ戻って来ていない。



「はい、セイラさんにも会えず、昼食は店長のおごりだったんですけど、ずっと混んでたので、サッサと帰ってきちゃいました」


「ふぅん、そのおかげで、このチーズデザートがあるわけね。カシスとラークさんって、なんだか性格似てない?」


「似てますか?」


「普通は、どれだけ忙しそうでも、手伝わないわよ。それを見て見ぬふりができない性分ってことでしょ? それに二人とも、じれったいのよね」


(じれったい……のね)


 カシスは、ラークがしばらく待ってくれと言っていたことは、王女には報告していない。その話をすれば、王女のじれったさは、少しは解消されるかもしれないが、カシスとしては、秘密にしておきたい様子。


「とりあえず、紅茶を淹れますね」


「ええ、お願い。はぁ、今夜は、お兄様は戻られないのかしら。去年も、感謝祭の頃は、ほとんど外出されていたのよ」


 小さなため息を吐く王女の姿は、カシスの目には、兄に恋をしているように見えていた。スグリット王子が毎年出掛けているなら、外出ができない王女に感謝祭の様子を伝えるためだろうと、カシスは考えていた。




 コンコン!


 扉がノックされると、すぐに乱暴に開いた。ミニキッチンに紅茶を淹れに行っていたカシスは、当然、間に合わない。



「ファファリア! 珍しい紫色の花を見つけたから、買ってきたぞ。王都で売っているのは初めて見たけど、昔、俺の家庭教師をしていた先生に渡した花と似てるんだ。ファファリアは、生まれてなかったから知らない先生だけどな」


(あっ、あの花……)


 カシスは、ガッシュ領の紫色の花だと気づいた。カシスが、紫の小径で摘んだものかはわからないが、前世のスターチスに似た花だ。


「ま、まぁ……」


 数本の花を受け取った王女の様子がおかしい。懐かしそうに目を細め、ツツツと涙が一筋、頬を流れた。


「なっ? ファファリア、嫌だったか? 紫色の花は好きだろ?」


「嬉しいです、お兄様。ありがとうございます。あの、その家庭教師の先生は……」


「あぁ、先生は、無実の罪で断首刑になったんだ。俺は、先生のおかげで、文字を覚えることができたし、母上に会えないことも我慢できた。それなのに、どうして裁かれることになったのか、今でも理解できない」


(もしかして……)



「スグリット王子、こんばんは。紅茶をこちらに置きますね。今夜は、ナッツのクッキーです。サンサンのチーズデザートもあります。ファファリア様も、どうぞ」


 カシスは平静を装って、まるテーブルにチーズデザートとクッキー、そして紅茶を置いた。


「ナッツのクッキーかぁ。さっき食べたんだけど、まぁ、いいや。ファファリアも食べるんだろ?」


「お兄様、私は先に、お花を花瓶に飾りますわ」


「おう! 待ってるぞ」



 王女はスグリット王子に顔を見られたくないのだと、カシスは察した。王女の表情は、いつもとは全く違う。


 カシスは、スグリット王子が言った家庭教師が、前世の王女だったのではないかと思った。そう考えれば、王女が紫色の花が好きな理由も、また以前に、これではないと言っていた言葉の意味も理解できる。


 王女の前世は、悪役令嬢ファルメリア・サフスだ。乙女ゲームでも、ファルメリアは断首刑になっている。


 ファファリアは、幼いスグリット王子から、刑が執行される前に、紫色の花をもらったのかもしれない。カシスは、それを確かめたい衝動に駆られたが、我慢した。


 王女がスグリット王子に前世の素性を話さないのは、悪役令嬢だったことを知られたくないわけじゃない。直接知っていたからだと、カシスは考えた。


 そして、そのカシスの予測は正しい。




「お待たせしましたわ。カシスにもらった黒い花瓶に飾りました。とても可愛いですわ」


 王女の目はうるんでいたが、スグリット王子は気づかない。


「ファファリアが好きな花だったか?」


「はい、私が探していたのは、この花です……」


 泣きそうになった王女は、わざとクッキーを床に落とした。そして、それを拾うために、椅子から降りる。


 顔を隠すためだと気づいたカシスは、話を繋ぐ。



「スグリット王子、この花はどこに売っていたのですか? これは、ガッシュ領で育てている花だと思います。交易都市からは、消えていたらしいですが」


「これは、ここから近い鍋屋の店頭に、花屋の露店が出ていたぞ。サンサン商会が入手したみたいだな」


(あっ! じゃあ……)


 カシスは、チラッと王女の方を見たが、まだ、クッキーから飛び散ったナッツを拾っている。


「スグリット王子、この花は、紫の小径こみちで、私が摘んだ花かもしれません。精霊様の加護がありそうです」


「ええっ? セイラの大作戦の紫の小径か! そんな貴重な物だとは知らなかったぞ。特別に高価なわけでもなかった。ただ、一人3本しか売れないと言われたけどな」


「本数制限をされていたのですね。私が抱えることができる程度しか摘んでないから、すぐに売り切れそうですよ」


「うぉっ! ファファリア、聞いたか? 俺達に、精霊様の加護があるかもしれないぞ」


 王女は、やっと立ち上がった。


「そうですわね。紫の小径の花なら、ここに飾っていれば、カシスにも加護があるかしら?」


「そうだな! カシスの恋は、もう叶っているはずなのに、ラークがビシッと言わないからな」


「本当に、お兄様のおっしゃる通りですわ。ラークさんは、カシスと似た性格のようですの。じれったいですわっ!」


皆様、いつもありがとうございます。

王女ファファリアの前世の話は、昨年11月に短編として投稿しました。

『最期に優しくしてくれたのは幼い王子様でした』


以前にもお知らせしたような気もしますが、まだ読んでないよという方は、よかったら作者ページから探してみてください。

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