92、手伝う二人
「おぅ、カシスさんか。悪いが、感謝祭の期間中は、完全予約制なんだよ」
指定時間の少し前に、カシスは酒場ベリーズに着いた。手紙の差出人はラークの名前だったが、中身はセイラが書いたようだと、カシスは思っていた。
「店長が店頭に立つなんて、珍しいですね。セイラさんの名前でカウンターの予約を取ったと連絡があったんですけど」
「ちょっと待ってくれ。俺は、足止め係だからな」
店長は、他の店員の手が空くのを待っている。カシスは、店の中の様子を眺めた。カシスの立つ位置からはカウンター席は見えないが、店の半分は見えている。
「昼前なのに、ほぼ満席ですね。あれ? 昼間にお酒を出してるんですか?」
「あぁ、感謝祭の3日間は、早朝の祭りの始まりの宣言で、すべての店が開店するんだよ。終わりの宣言まで、ずっと営業するんだぜ」
「ええ〜っ? 大変ですね」
「商業ギルドに登録してる奴らは、思いっきり稼げるから喜んでるけどな。俺らは大変だぜ。まぁ、今年は開催地だから、仕方ねぇ。他国で開催するときも、同じようにお祭り騒ぎだけどな」
「セイラさんの名前で、3名様ですね。カウンター席です。あっ、カシスさん?」
(ん? 誰?)
黒いシャツを着ているが、カシスは知らない顔だと思った。予約管理を任されているなら店員だと考え、カシスは軽く会釈をする。
「おい、ミッション組、客に私的な声掛けをするなよ。カシスさんは、カウンター席らしいぜ。今、案内が足りてねぇ。6番付近だ」
「店長、了解です。自力で行きますね」
カシスは軽く手をあげると、カウンター席へと向かって歩いていく。店長が6番付近と言っていたが、カウンターにはテーブル番号がない。空いている席だろうと、特に気にしなかった。
(ガラ空きだわ)
カウンター席は20席ほどあるが、両端に二人ずつ座っているだけだった。カウンター内には店員もいるが、ミッション組が何かやらかしたのか、その表情は必死というか殺気だっている。
「あの、6番付近って言われたんですけど。どっちから数えるのかな」
「いらっしゃいませ。6番は、奥から6番目です。すみません、案内も間に合ってないのか。ん? カシスさん?」
「はい、エイトさんかな? お久しぶりです。忙しそうですね」
「エイトっすよ。そうなんすよ。感謝祭の間は、夜のメニューで終日営業するんすけど、遅刻ギリギリに来たミッション組が、ポンコツなんすよ」
(本人の前で愚痴ってるよ)
カウンター内は、お酒の提供と、紅茶やジュースの提供で、ごちゃごちゃになっている様子。おしぼりが床に散乱していることから、誰かがカウンター内で大量の液体をこぼしたのだろうと、察したカシス。
「まだ私の連れは来てないから、手伝いましょうか?」
「いや、お客さんにそれは……っつ、おまえなー!」
「す、すみません!!」
熱いポットを持ってきたミッション組が、床で滑って、店員の手に、何かを思いっきりぶちまけたらしい。
(慌てるからだよね)
カシスは袖をまくり、カウンター内に入った。
「混乱が落ち着くまで手伝うよ、エイトさん。床の掃除からだね。私はカウンターは、やったことないけど、紅茶ならできるよ」
「本当に申し訳ないっす。でも、マジで助かるっす。カウンター席の別のお客さんも、厨房の補助をしてくれてるっすよ。料理長が殺気を放つのを抑えてくれてるっす」
「へぇ、そっか。じゃあ、床の掃除道具を取ってくるね」
カシスは、店員やミッション組の人達の動きを見ながら、邪魔にならないように、最短距離で掃除道具を取りに行き、床に散乱しているおしぼりを拾い集め、床を掃除した。
そして、汚れたおしぼりを洗浄機に放り込むと、厨房内も、ゴミが溜まったり、汚れた食器が山積みになっていることに気づく。
(人手が足りてないな)
カシスは、後回しにされている雑用を、テキパキとこなしていく。ゴミを集める仕事は、前にミッションで来たときにもやっていたから、要領はわかる。調理の隙を狙って、ゴミを集めることは、カシスとしては意外に楽しくて気に入っている。
ゴミを外に出し、戻ってきたときには、おしぼりの洗浄が終わっていたので、熱々のおしぼりの束を取り出した。
「おい、ミッション組! おしぼりが空っぽだぞ」
「ひぇぇ、すみません。すぐ洗いま……あれ?」
カシスがおしぼりをクルクルとたたんでいると、誰だ?という顔をして固まっている男性。
「ちょっと手伝ってますよ。おしぼりは、もうすぐ補充できます」
「えっ? あ、はぁ」
「あっ、ゴミ出しが終わってる」
「邪魔な分は、集めて外に出しました。でもすぐに、ゴミは溜まりますよ。食洗機の下とか、大丈夫ですか」
カシスがそう尋ねると、ミッション組が慌てて、食洗機のゴミ箱を開けている。魔道具だが、ゴミは残るタイプだ。
カシスは、おしぼりの補充を済ませると、お湯を入れたポットを持って、カウンター内に戻った。そして、店員がお酒を作っているのを見て、カシスは、紅茶用のポットに、紅茶を作り置きする。
「マジで助かるっす。カシスさん、カットフルーツを、厨房からもらってきてほしいっす。ミッション組が厨房に近寄ると、殺気がすごいっす」
「わかったわ。カクテル用のフルーツかな?」
エイトが頷いたのを確認しつつ、カウンター席をチラ見したカシス。だが、まだラークもセイラも来ていない。
「カクテル用のフルーツをお願いします」
「はぁ? 何……あっ、カシスさん? 何をしてるんですか」
ナイフを持った店員が、手早くフルーツを切りながら、そう尋ねた。
「忙しそうなので、お手伝い中で……ええっ? ラークさん?」
フルーツを持つ店員の奥に、フライパンを振るラークの姿が見えた。




