9、ちっちゃな王女ファファリア
カシス専用の執事室と同じ階、渡り廊下を渡った先に、王女ファファリアの私室があった。
ロザリーが先導し、カシスの後ろからラークがついて行く。初めて王宮に来たカシスを、二人が挟んで歩いている形である。
渡り廊下に鎧を身につけた警護の者たちが整然と並んでいる様子を見て、カシスは一気に緊張した。執事の黒服に身を包み、男装して歩くことも初めてだったが、王族の住まいに立ち入ることへの緊張感が半端なく、右手と右足が同時に出てしまうほどだった。
「ファファリア様に、顔合わせに参りました。彼は、王女の専属執事として雇うことになったカシスさんです」
(彼、か……)
ロザリーがそう紹介すると、王女の部屋の前に立っていた騎士服を身につけた男二人は、カシスに鋭い視線を向けた。何かの道具を取り出し、カシスに光を照射している。
(偽りがバレそうね)
しばらくすると、道具を使っていた男が口を開く。
「カシスさん、身分証はありますか」
「はい、昨日、再発行したものですが」
カシスは、赤茶色のカードを見せた。
「名前の偽りはないな。この冒険者登録証ですが、身分証として利用するには、ブロンズカードでは入場を拒否される場所もあります。シルバーカードまでランクアップしておく方がいい。カシスさんの能力なら可能でしょう」
(同じことを言われたわ)
「はい、休みの日を利用して、仕事を受けてみます」
カシスがそう答えると、もう一人の男が、扉をノックした。
「ファファリア様、専属執事候補が、また、顔合わせに来ています。中に入れてもよろしいでしょうか」
「わたしは、専属執事なんて、いらないわ」
(かわいい声!)
すると、ラークが口を開く。
「ファファリア様、ラークです。俺が見つけたんですよ。あ、スグリット王子の雑用係のラークです。スグリット王子も、カシスさんで構わないと言っていました」
「お兄様がそうおっしゃるなら、会ってあげるわ。入りなさい」
かわいい声に反して、大人のような話し方をする王女に、カシスは驚いていた。3人の王子の肖像画を見たことはあるが、王女は描かれていなかったため、王女に関する情報をほとんど知らない。カシスは、声が幼いだけかと考え、扉が開かれるのを待つ。
ゆっくりと扉が開かれた先には、不機嫌そうな顔で仁王立ちをしている王女ファファリアの姿があった。
(ちっちゃい……)
ラークが先に入り、ロザリーとカシスが入室すると、扉は、すぐに閉められた。部屋の中には、他には誰もいない。
「ファファリア様、彼はガッシュ領から来たカシスです。護身術には問題ありませんので、秋からの王立大学校の護衛を兼ねて、彼にも入学許可を与えることになりました」
ラークがカシスを紹介したが、幼い王女は、何も聞いてない様子。仁王立ちのまま、カシスを睨みつけている。
「ファファリア様、聞いてます? ガッシュ領から……」
「うるさいわね! ラーク、黙りなさい。わたしは悪役令嬢なのよ?」
(悪役令嬢?)
「また、それですかぁ。ファファリア様は、王女殿下ですよ。悪役が出てくる悪い夢を見られたのですよね?」
ラークは、幼い王女の妄想だと考えているらしく、大きなため息をついた。
(悪役令嬢を知らないの?)
カシスは、口を開きそうになったが、我慢した。言葉を発する許可を得ていない。
「わたしは、悪役令嬢なのよ!」
「はい、わかりましたってば……うん? カシスさん、どうしました?」
ラークが、カシスの表情の変化に気づいた。
「私が発言させていただいても、よろしいでしょうか」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ファファリア様は、まだ3歳です。反抗期なんですよ」
「うるさいわね! ラークは出て行きなさい」
「それはできません。彼を専属執事にすると、おっしゃってくだされば、退出できますよ」
ロザリーにも睨まれているが、ラークは全く気にしていない様子。
「わたしは悪役令嬢だったの。名前はわかるかしら?」
幼い王女は、カシスをビシッと指差した。
「えっ、えっと、悪役令嬢は3人いるので、どのストーリー、いえ、えっと、どの書物の……」
カシスは慌てていたが、ファファリアは目を見開き、不敵な笑みを浮かべた。
「合格よ。カシスといったかしら?」
(何が合格?)
「は、はい。カシスと申します」
「わたしは、自分のことはすべて自分でやるわ。基本的に、扉の開閉が仕事だと思っておきなさい」
「はい、かしこまりました」
カシスが返事をすると、王女ファファリアは、シッシと手で追い払うような仕草をした。カシスは慌てて、部屋から出ようとしたが……。
「待ちなさい! アナタは扉の開閉が仕事だと言ったでしょ。出ていくのはラークよ」
「ファファリア様、なぜ私だけを追い払うのですか。カシスさんは到着したばかりで、まだ夕食も食べていませんよ」
「食事なら、ここに運ばせなさい。女の子の部屋に、いつまで居座るつもりなの?」
(あっ、男装がバレてる?)
ラークは少し焦った表情を浮かべたが、これ以上、王女を怒らせないようにと、カシスに目配せをして部屋から出て行った。
「さて、次はロザリーね。アナタは、カシスと同い年かしら?」
王女の質問に、ロザリーは首を傾げた。
「私には、年齢の概念がありません。10歳でロザリーとなったときに、身体が変化しました。その後は寿命を迎えるまで、見た目は変わりません」
(何、それ?)
「質問を変えるわ。アナタは、カシスがこの世界に来たときに、生まれたのかしら?」
「それは、わかりませんが、カシスさんを担当することになっています」
「誰の命令かしら」
「ロザリーの理です。私の目には、カシスさんだけが主人公に見えています」
(主人公?)




