88、迷いと動揺
「お待たせいたしました」
カシスは緊張しつつ、第二王子ウィルラークと第三王子スグリットの前に、紅茶のカップを置く。そして、切り分けたプリンケーキも置くと、王女のカップにおかわりの紅茶を注ぐ。
「美味そう! カシス、プリンケーキはまだあるのか?」
スグリット王子は、プリンケーキに目を輝かせている。だが、いつもほどは騒がない。スグリット王子は、兄のことが少し苦手な様子。
「スグリット王子、まだありますよ。こちらにお持ちしますね」
「おうっ! あ、いや、まだいいや」
第二王子の前だと、いつものようには振る舞えないスグリット王子を見て、王女は口を開く。
「お兄様は、少し大人になられたのかしら? カシスも、そちらの椅子に座りなさい。立っていると話を聞きづらいわ」
王女の気遣いに、カシスは頭を下げ、まるテーブル横の椅子に座る。さすがに第二王子がいるテーブルに、同席させるわけにはいかないと、王女は的確に判断していた。
カシスが座った椅子からは、王女とスグリット王子の顔は見えるが、第二王子の顔は横顔しか見えない。
(目が見えないのよね)
第二王子にカップやフォークの位置を教えるべきか、カシスは悩んだが、カシスがハラハラしていることに気づいたのか、第二王子は、美しい所作で紅茶を飲んだ。
(あっ、魔力で見るんだっけ)
カシスは、ついつい、第二王子の手元を見てしまう。
一方で、カシスに見られていることがわかっている彼は、ガラにもなく緊張していた。
彼は、カシスを応援している妹や弟から、自分が避けられていることを知っている。弟や妹と、このようにプライベートでお茶をするのは初めてのことだった。
彼は、自分への印象を改善してから素性を明かすべきか、小細工をしない方が良いのか決めかねていた。二人の前で自分がAランク冒険者のラークだと告げることは決意したが、彼はまだ、どう話すべきかを迷っている。
「カシスっ、昨夜からの報告をしてちょうだい」
王女は、勉強机の引き出しから、手紙を出してきていた。セイラから届いた長い手紙だ。
「はい、昨夜は、集団転移魔法でガッシュ領へ移動しました。レッドボックスの方々もおられましたが、私はブルーボックスの方々と……」
「カシスっ、それはわかっているわ。セイラからの手紙に、予定が書いてあったもの。カシスの屋敷にセイラ達が泊まったのでしょ?」
手紙を何回も読んでいたのか、王女は丸暗記しているようだった。それに気づいた第二王子は、居心地の悪さを感じたが、素知らぬフリをする。顔半分を覆う仮面をつけていて良かったと、彼はホッと息を吐く。
「はい、セイラさん達が宿泊されました」
「それで、何か事件はなかったの? ラークさんも一緒だったのよね? ラークさんも必ず宿泊させると書いてあるわ」
「セイラさんは、私の家に泊まる予定まで、手紙に書かれていたのですか」
王女のキラッキラな笑顔に、カシスは小さなため息を吐く。今朝シャワー室でラークとぶつかってしまったことを思い出したが、顔に出ないように気をつけた。
「何かあった?」
「いえ、セイラさん達が父と何かを話されていたのを待っているうちに、私は私室で寝てしまったので……」
「なーんだ。じゃあ、次ね」
紙をめぐる音が響く。
カシスよりも、第二王子の方が、手紙の内容が気になっている様子。分厚い手紙を楽しそうにめくる妹の表情から、彼は何が書かれているのか、だいたい想像はできたが。
「カシス、紫の小径には、行ったの? あっ、そうか。紫の小径で、紫色の花を見つけたのね」
「はい、子供の頃に遊んでいた半地下の水路の奥にありました。ただの壁なのに、その先に行けたんです」
カシスがそう答えると、王女は、スグリット王子の方に視線を向けた。昨夜、王女はスグリット王子に、紫の小径のことを説明していた。
「カシス! ラークと行ったんだよな?」
スグリット王子も、キラッキラな笑顔で、会話に入ってくる。
「はい。紫の小径に進んだのは、ラークさんと二人でした。セイラさん達は、水路を調べると言って、手分けすることに……」
「きゃ〜っ! お兄様、完璧ですわっ」
「そうだな、セイラの作戦は完璧だな!」
仲良し兄妹は、キャッキャと盛り上がっている。
第二王子は、今が会話に入るチャンスだと考えたが、弟と妹のキラキラな笑顔が消えるのではないかと、迷っていた。
「ファファリア様、何が完璧なのですか?」
カシスは立ち上がって、紅茶のおかわりを、それぞれのカップに注ぐと、また椅子に座る。第二王子は、カシスが自然に二人の会話を繋ぎながら、執事の仕事も忘れないことに驚いた。
「カシスっ! 紫の小径は、互いに愛し合っていないと、進めないのよ。紫の小径には、恋人達に祝福を与える精霊様がいるの。紫色の花が咲いていたのでしょう?」
「えっ? あ、はい、紫色の花がたくさん咲いていました」
「きゃ〜っ! カシスっ! ラークさんとお付き合いをする話はしたの?」
そのとき、第二王子は、ポロッと、口に運ぼうとしていたプリンケーキを皿に落とした。彼は、自分の動揺をどう隠そうかと、必死に頭を働かせている。
だがカシスは、第二王子は目が見えないと思っているため、特に違和感は感じなかった。また仲良し兄妹も、話に夢中で、全く気づいてない様子。
「いや、そういう話は……あっ、紫色の花が新鮮なうちに、保管庫に持って行かないといけなかったですし」
「あー、もうっ、じれったいわねっ。ラークさんも、なぜビシッと言わないのかしら! あっ、ウィルラークお兄様、騒いでしまいましたわ。カシスの恋が成就しそうですの!」
「そ、そうか」
第二王子は、自分がそのラークだとは、言い出せなくなっていた。




