87、第二王子ウィルラークの覚悟
「今夜は、プリンケーキをお持ちしました」
カシスは夕食が終わると、いつものように王女の部屋へと移動した。今夜のおやつは、スグリット王子の好物だと、料理人がカシスに伝えていた。
(居ないのね)
いつもならスグリット王子もいるはずなのに、少し時間が遅いためか、王女の姿しかなかった。
「カシス、お兄様は、今、ウィルラークお兄様の所に行っているの。せっかくのプリンケーキなのにね。戻って来られるかは、わからないわ」
(仮面王子……)
「第二王子のお部屋ですか。先程、使用人の食堂に、第二王子が見回りに来られていましたが、何かあったのでしょうか」
カシスが紅茶を淹れながらそう尋ねると、王女は、まるテーブルの上を片付け始めた。
「ウィルラークお兄様は、潜入者を排除しようと動いておられるわ。中庭に隠し通路が作られていただけじゃなかったのよ」
「ファファリア様も、協力されているのですね。ということは、スグリット王子も……」
「私は、一度だけよ。カシスに剣術を教わった日、中庭を封じてくれと頼まれていたの。何も知らないカシスに、きっと文句を言いにいくだろうと仰っていたわ。あの時に捕らえた者達が、他にも潜入者は大勢いると言ったそうよ」
「それで、第二王子は、見回りをされるようになったのですね」
「ええ、そうみたいね。ウィルラークお兄様は、たぶん目は見えないの。だけど魔力で見ているから、その空間にいる異質な者を見つける能力が高いのよ」
(やっぱり、見えないのね)
「異質な者を捕まえようとは、されないんですか? 使用人の食堂でも、裏口から出て行った人達には無関心だった気がします」
まるいテーブルに紅茶とプリンケーキを運ぶと、カシスの分の椅子も用意されていた。
「捕まえるんじゃなくて、排除したいのだと思うわ。ウィルラークお兄様が見回りをすると、きっと、潜入者は仕事がしにくい状態になるはずだもの。捕まえるには、理由や証拠も必要でしょ。カシスのおかげで数人が捕まったから、潜入者は怯えているはずよ」
「なるほど。捕まえると、管理も大変ですもんね」
「ええ、そうなの。お兄様は、それに巻き込まれたの。お兄様に仕えるメイドが、潜入者だったみたい。あっ、カシスも座りなさい。疲れているでしょ」
王女は、こういう気遣いを忘れない。
「はい、では遠慮なく。えっと、スグリット王子のお部屋の侍女が、潜入者だったのですか」
カシスが用意されていた椅子に座ると、王女は、プリンケーキを食べ始めた。レアチーズケーキのプリン版のようなケーキだ。
「ええ、新しく入った若いメイドよ。その件で、ウィルラークお兄様に呼ばれたの」
第二王子が王女の部屋に、スグリット王子を呼びに来たのだと察したカシス。前世の記憶があるとはいえ、王女はまだ4歳だ。カシスに紫色の花に関する報告を聞くことを、すっかり忘れている様子。
「早く戻って来てくださるといいですね。プリンケーキは、スグリット王子の分もたくさんありますから」
「そうね。あっ! 戻って来たかも」
王女の表情が輝いた。カシスには何の音も聞こえないが、王女には聞こえるのだろう。
コンコン!
扉をノックした直後に、乱暴に開かれた。カシスは、扉へと歩いていたが、間に合わなかった。
「こんばんは。スグリット王子は、扉を開けられるのが速いですよね……あ、ウィルラーク王子もいらっしゃいましたよ、ファファリア様」
カシスは、閉まりかけた扉が再び開いたことに慌てたが、何とかごまかして、第二王子に会釈をする。
だが第二王子は、カシスをスルーして、部屋に入っていく。
(いつものことね)
「カシスっ! お兄様に紅茶を淹れて差し上げて。ウィルラークお兄様も、いかがですか? 少し休憩される方が良いと思いますよ」
「うおっ! プリンケーキじゃないか! カシス、プリンケーキは、兄上もお好きなんだぜ」
(へぇ、意外だわ)
第二王子は、王女の申し出に戸惑っていた。
「プリンケーキは、ウィルラークお兄様の分も、ありますわよ。それに、今からカシスの報告を聞くつもりでしたの。紫色の花が見つかったそうですわ」
「そうか。それなら、少し休憩させてもらおうか」
(ええぇ……)
カシスは、第二王子が苦手だった。だが、変な顔もできない。
「かしこまりました。お二人の紅茶を淹れてまいります。少しお待ちくださいませ」
カシスは、ミニキッチンへと戻ると、小さなため息を吐く。
(今日は、長い一日だわ)
一方で、妹が用意した椅子に座った第二王子ウィルラークは、覚悟を決めた。カシスを応援する二人の前で、自分がAランク冒険者のラークだということを、打ち明けることを決意したのだ。
今日、カシスと一緒に紫の小径に入ることができたことで、別の決心もしていた。彼としては、少し早いが良い機会だと考えた様子。
彼は、紫の小径を進むことができる条件は、事前に調査済みだった。だが、彼が調べたことよりも、ガッシュ家で使用人から聞いた話の方が、より神秘的だと感じた。
紫色の魔石を守る者が、嫉妬の女神だろうという予測はあった。他の石を得たときに、常に出ていた名前だと伝わっていたからだ。
しかし、紫の小径の先にいた精霊が、嫉妬の女神だったことには、彼は意外だと感じていた。
紫の小径は、恋人同士が、次の転生でも近くに生まれたいと願う場所だ。また、愛の告白をする者たちもいるかもしれない。恋人達に祝福を与える場所だと伝わっている。嫉妬の女神は、恋人達に祝福を与えるのだろうか。
実は、このループ世界が生まれる前、嫉妬の女神は、恋を成就させる女神と呼ばれてた。この世界に閉じ込められている人間は、誰もそれを知らないが。




