84、商人貴族サンサン家の屋敷
ラークの転移魔法で移動した先は、大きな屋敷の中の小部屋だった。床には、不思議な模様が描かれている。
「セイラ様! 一体どうなされたのですか」
その小部屋には、年配の魔導士が一人居た。
「魔女にやられたのよー。そっか、私の家かぁ」
セイラは安心したのか、そのまま崩れるように倒れる。ラークは、セイラが頭を打つ前に、抱きとめた。
「ラーク様、一体……」
魔導士はそう言いかけて、ハッとしたように口を閉じる。紫色の花束を持っているのが、見知らぬ若い女性だと気づいたためだ。
「構わない。彼女は、冒険者仲間のカシスだ。俺の前世が、セイラの父親だったことは知っている」
「そうでしたか。うっかり、ラーク様とお呼びしてしまい、焦りました。カシスさん、初めまして。私は、サンサン家の空間の門番をしているラークと申します」
(空間の門番?)
「ラークさん、初めまして。ラークというお名前は覚えやすいですね。部屋の中の門番さんなのですか?」
「あはは、ですな。ええ、私は転移魔法陣の門番をしています。カシスさんには魔力がないようですから、ピンとこない話ですな」
「転移魔法陣は、ギリギリわかります。なんだかカッコいいお仕事ですね」
カシスがそう返答すると、年配の魔導士は、嬉しそうに顔をほころばせる。
「ラーク、治癒系の魔導士を集めてくれ。セイラが最も重症だが、ダインとケインも酷いダメージを受けた。精霊様の加護があったから、万能薬だけを飲ませた状態だ」
「かしこまりました。3人をすぐに救護室へ転移します。魔女によるダメージでしたな? 虹の塔ですか」
「あぁ、そうだ。俺とカシスは、中へ入っていたから無事だ。それと、感謝祭用の紫色の花だ。倉庫係を呼んでくれ」
ラークとラークが話している間に、セイラと双子の魔導士は、転移魔法の光に包まれた。それとほぼ同時に、40代前半くらいの男性が部屋に入ってきた。
「セイラまでがやられるとは、虹の塔に行ったのか?」
ラークに冷たい視線を向けていると感じたカシス。
「あぁ、そんなにぷりぷりするな、クルス。俺達は覚悟の上だ。結果的には、大成功だったよ」
「俺には何も言わずに、何をコソコソ……あっ、失礼」
見知らぬ女性がいることに気づいた彼は、礼儀正しく、カシスに一礼する。カシスも、会釈を返した。
「カシス、紹介するよ。こいつは、セイラの兄クルスだ。サンサン家を継いでいる。クルス、彼女は、俺達の冒険者仲間のカシスだ。今回の一番の功労者だよ」
「カシスさん、初めまして。珍しいね、ラークが他人を屋敷に連れてくるなんて。それどころの事態じゃなさそうだけど」
「今、倉庫係を呼んでもらっているが、感謝祭用の紫色の花だ。神の庭園で、カシスが摘んだものだ。今は消えているが、精霊が宿っていた。効果は高いはずだ」
ラークがそう言うと、クルスは目を輝かせた。商人としての心をくすぐられた様子。
「紫色の花は、他国の商人が買い占めているから、交易都市クースには、全く出回ってないんだよ。隣国の戦乱の情報が伝わる前に、各国の交易都市から紫色の花が消えたらしい」
「やはりな。感謝祭で恥をかかせようとしているのか、もしくは高値での転売が目的だろう。この花は、適切に保管してくれ。感謝祭までは、他言無用だ」
「わかった。カシスさん、俺が預かります」
カシスは軽く頷くと、サンサン家の当主であるクルスに、紫色の花束を渡した。
(あっ、ファファリア様が……)
カシスは一瞬、紫色の花が好きな王女に、少し持ち帰ろうかとも考えたが、やめた。王女は、スグリット王子からもらう花が好きなのかもしれない。
「カシス、遅すぎる昼食を食べて帰ろうか」
「あ、はい。そういえば、私がおごる約束がありましたね」
カシスがラークにそう返すと、ラークは、一瞬、何のことかわからなかったが、すぐに思い出したらしい。表情を上手くごまかす。
「それは、またの機会にしよう。昼食は、ここの屋敷の料理人が作る。今から移動するのも大変だからな」
(そういうことか)
カシスは、ラークが、セイラ達から離れたくないのだと察した。魔女によるダメージがどういうものかは、カシスにはわからない。だが、万能薬では回復していないことは、明らかだ。
「はい、では、ごちそうになります」
「ふっ、こっちだ」
ラークの後ろを、カシスがついていく。そんなラークの様子が、いつもとは違うことに、クルスは気づいた。クルスは、やってきた倉庫係に紫色の花を渡し、注意事項を伝えた後、セイラ達が運ばれた救護室へと向かった。
◇◇◇
「カシス、ここは、前世の俺の部屋だったんだ。今は、俺専用の多目的部屋として使っている」
ラークが連れて行った部屋は、私室のイメージとはかけ離れた、広い部屋だった。まるで高級ホテルの宴会場のようだと、カシスは思った。
だが、壁に飾られた絵に気づくと、確かに大商人サンサンの部屋らしいと感じた。乙女ゲームでも見たことのある広大なリゾート地のような大きな絵が飾られている。
「壁の絵は、前世からの物なんですね」
「えっ? なぜわかるんだよ」
「ふふっ、大商人サンサンのキャラクター紹介の背景は、この絵でした。このリゾート地は、実在するのですか?」
カシスがそう尋ねたとき、料理人がワゴンを押して部屋に入ってきた。
「ラーク様、すぐに用意できるものとのご指示でしたので、簡単な物しかありませんが……」
「あぁ、構わない。腹ペコだからな。セイラ達にも何か持って行ってやってくれ。救護室で治療中だ」
料理人達が、近くのテーブルに料理を置いて出て行くと、ラークは、カシスに少年のような顔を向けた。
「ここが、この絵の場所だぜ。さぁ、昼飯だ」




