76、ガッシュ家の侍女ローラ
カシスは、久しぶりに自分の部屋のベッドで眠った。
セイラ達が自分の家に泊まることになるとは、カシスは予想もしなかった。そのため、使用人達が手早く準備をしている間、カシスは、頭が真っ白になっていた。
ガッシュ男爵家の屋敷には、別邸も合わせると30人以上が泊まれる客室があるが、本邸のカシスの部屋と同じ2階にある客室に、セイラ達は宿泊した。
カシスは、父と話をしようかと考えたが、セイラとラークが夜遅くまでガッシュ男爵と話していたため、割って入るのは失礼かと遠慮した。そして、私室で寝転んでいるうちに、眠ってしまったようだ。
◇◇◇
コンコン!
「お嬢様! もう皆さん、起きておられますよ」
(あれ? ここは……)
寝ぼけた頭で、ベッドから起き上がると、ほこりっぽい部屋に居ることがわかった。いつものような簡素な部屋ではなく、いろいろな物が散らかっている。
王宮からの迎えが来たときに、いろいろとひっくり返したままの状態だと気づいたカシス。
(私の部屋だわ)
カシスは、使用人が立ち入ってないから、ほこりっぽいのだと理解したが、少しは片付けて欲しかったと思った。おそらく片付けてあると、立ち入らないで欲しかったと思っていただろう。
「お嬢様! 起きてください!」
コンコン!
「起きたわよ。ローラ、なんだかほこりっぽいってか、ほこりだらけなんだけど」
「たまに空気の入れ替えはしておりましたが、カシス様が出て行かれたままの状態にしてあります。私達が触ると、ご機嫌が悪くなるでしょう?」
「慌てて荷造りしたままの、ごっちゃごちゃなんだけど」
カシスは、あくびをしながら、着替えを持って私室を出た。古くからいる侍女と話していて、以前に戻ったような錯覚を起こしていた。カシスは、朝に弱い。
「それでは、私達が片付けさせていただいても、ご機嫌が悪くならないと約束していただけますか。勝手に部屋に入ったと言って拗ねませんか」
「私は子供じゃないんだからね。ローラ、タオルある? シャワーするから」
「あっ、ちょっとお待ちください! お客様が……」
(お客様?)
カシスは、まだ寝ぼけた頭で、侍女の方を向いた。そのとき、頭が何かに当たってよろける。
「おっと、カシス、大丈夫?」
(えっ!? あっ!)
声の主の方を見ると、頭からタオルを掛けているラークの姿があった。
「ひぇ〜、ラークさん? あっ、そうか。セイラさん達が宿泊されたんでしたね。すみません、寝ぼけてました」
「あはは、寝ぼけてたのか。いつも凛としているのに、こんな一面もあるんだね」
(ど、どうしよ)
「そうなのです。お嬢様は、朝に弱くて、初等学校に通っておられたときも、眠りながら朝食を召し上がっていたことも……」
「ローラ! 変な暴露しないで」
カシスは、思いっきり目が覚めた。
「へぇ、朝に弱い印象はなかったですけどね。冒険者ギルドで朝食を食べていたときも、キリッとしていましたよ」
「まぁ! お嬢様が朝からキリッとされていたなんて、にわかには信じられませんわね」
「あー、もうっ! ローラ、変なことばかり言わないで」
「ほら、お嬢様は、すぐに拗ねるんですよ。ですが王都では、しっかりされているようで安心いたしました」
「ええ、カシスさんは、とてもしっかりされていますよ」
カシスは、ラークと侍女の話を聞いていられなくなり、シャワー室の扉をパシャリと閉めて鍵をかけた。そして、ラークが使った後のシャワーに、ちょっとドキドキしながら、シャワーを浴びる。
ローラは、カシスが鍵を閉めた音を聞き、ふふっと笑って、再び口を開く。
「カシス様は、8歳の時にお姉さんになってからは、様々なことを我慢されるようになりました。また、旦那様や奥様は、跡継ぎとなる坊ちゃんが生まれたことで、カシス様に構う時間が無くなったように思えました。一時期、カシス様は、全く笑われなくなったのです。ですから、使用人達は、カシス様を年相応の子供として扱おうと決めたのです」
「それで、今でも、拗ねたとか?」
「ふふっ、ええ。使用人がカシス様を子供扱いすると、ぷりぷりと怒られるのですが、喜怒哀楽の感情を隠すことなく、私達にぶつけてくださいます。旦那様や奥様には見せない素直な表情です。私達は、カシス様の笑顔が大好きなのです」
「そうでしたか。ですが、なぜそのようなことを俺に話してくださるのでしょうか」
ラークが素朴な疑問を口にすると、ローラは、澄まし顔で口を開く。
「カシス様が、お客様にぶつかって、照れた表情をしたからですよ。想い人なのかなと、ピンときたのです」
「えっ? あはは、参りましたね。確かに俺は、彼女に惹かれていますが……」
「まぁっ! それは気づきませんでしたわ。ふふっ、それなら、お二人で、紫の小径を歩かれてはいかが?」
「紫色の花があるという紫の小径ですか? 二人で歩くと、紫色の花が見つかるのかな」
「お客様は、ご存知ないのですね。紫の小径は、恋人同士が互いの気持ちを確かめるために歩くのですよ。婚姻を迷う方が、遠方から来られることもあります」
「互いの気持ちを確かめることができるのですか?」
「はい。だから、秘めたる想いを伝える勇気がない若者も、紫の小径を利用することがあるそうです。あの場所には、精霊様がおられますからね」
侍女から話を聞くまでは、紫の小径に、どんな精霊がいるかわからなかったラークだが、紫色の花の効果から推測していたものとは、少し違うと感じた。
「何の精霊様なのでしょうか?」
「それは、お話したくても、口から言葉が出ません。ですが、行けばわかりますよ」
「精霊様が、名を言うことを封じられているのですね」
ラークがそう尋ねると、ローラは静かに頷いた。




