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74、ガッシュ領へ

「じゃあ、打ち合わせ通りに、よろしく」


 鍋屋から出ると、個室にいたのは、店の前の通行を妨げるほどの人数だとわかった。20人以上は居るだろう。


 何人かの魔導士が、呪文の詠唱を始めた。鍋屋に来た客や通行人は、何事かと立ち止まっている。



「カシス、腕を掴んでおいてくれ。集団転移魔法だ。ダインもケインもいるから、事故はないだろうけどな」


 ラークにふいに後ろから声をかけられて、カシスはドキッとしたが、必死に平静を装う。


「はい、掴んでおきます」


 カシスは、ラークの服をつまむように持った。


「カシスさん、服を持っているだけだと揺れるかもしれないよ? 長距離の集団転移魔法だからね」


 セイラは詠唱には参加せず、カシス達の足元に広がる魔法陣に、何かの魔法を放っている。


 魔法陣からの光が強くなってきたとき、ラークが、カシスの肩を抱き寄せた。その直後、この場にいた20人以上の姿が、立ち昇る光とともに消え去った。



 見ていた通行人達は、驚きで言葉を失っている。街灯よりも圧倒的に明るい魔法陣の光は、夜の街では幻想的だった。目の前で、光と共に大勢の人が消えたことで、一瞬、誰もが思考停止に陥ったようだ。魔導士による大規模な転移魔法だと気づくまでには、少し時間がかかったらしい。


「今の人達は、何なんだ?」


「こんな大人数の転移魔法は、初めて見たぞ。何人もの魔導士が詠唱していたんじゃないか?」


「何かが起こったのか? まさか、終焉の魔物が動き出したんじゃないだろうな」


 鍋屋の店の前は、大騒ぎになっている。しばらくすると、セイラから事情説明を任されていた店員が出て来た。



「お客様、大丈夫ですよ。セイラさん達が、紫の小径こみちの噂の地に行かれただけです。秋の感謝祭の前に、紫色の花を確保したいそうです」


「あぁ、死期が近い恋人に贈る花か。そういえば、交易都市クースでは、紫色の花が売り切れているらしいな」


「紫色の花を大量に生産している隣国は、戦乱中ですからね。この国では唯一、ガッシュ領で生産されてるそうですよ」


「うへぇ、ガッシュ領まで、転移魔法で行くのか? そんなことができるのは、プラチナカードくらいだろ」


 通行人達は、今、自分達が見たことを、口々に話し始めた。明日の朝には、王都中の噂になっているだろう。


 セイラは、わざと噂を広めることで、ゴシップ記事が出る前に先手を打った。最高位の冒険者達が紫色の花を求めてガッシュ領に行ったことが知られると、高位の冒険者に睨まれたくない者達は、詮索しないだろう。




 ◇◇◇




「無事に着いたかしら? 迷子はいない?」


(えっ? もう?)


 草の香りのする暗い場所に、カシス達は到着した。セイラが人数確認をしているが、10人しか居ないことに、カシスは気づいた。



「半分しか居ないのでは……」


 カシスがポツリと呟いた言葉は、ラークにだけ聞こえていた。


「同じ着地点にあの人数はマズイからな。分散したんだよ。レッドボックスは、南の方に到着しているぜ」


「そうなんですね。着地点を分けられるなんて、すごいですね」


「あぁ、ダインとケインが居るからな。ダインだけでも出来そうだが、魔力切れで倒れるだろうね」


 ラークとカシスが、そんな話をしていると、双子が近寄って行った。セイラは、別の着地点のレッドボックスのリーダーと、念話で何かの確認を始めた。



「俺一人とか、無理ですからね。着地点の調整は、ケインしかできないですよ」


(彼は、兄のダインさんね)


「ケインさんも来られてよかったです。当初は都合が悪かったんですよね?」


 カシスの素朴な疑問に、ケインは、ラークが何か話したのかと、その表情を確認してから口を開く。


「誰がそんなことを……あー、セイラさんが挨拶で、何か言ってましたね。俺は、ちょっと片付けないといけない仕事があったんですよ。昨日のうちに終わったので、今日は参加できました」


 ケインは、サラリとカシスの質問に答えたが……セイラが、近寄ってくる。


「そそ。ケインさんは、潜入者を捕まえなきゃいけなかったんだって。でも、罠を仕掛けてくれた協力者がいて、早く解決できたみたい。できなかったら、今日、私が乗り込もうかと思ってたんだけどね〜」


(潜入者?)


 カシスは、昨日の中庭での王女の行動を思い出していた。王女が協力して、王宮に潜入している使用人のフリをした人達を、第二王子の護衛が捕縛した。


 あの時に聞いた兜を被った護衛の声が、ケインに似ていると感じていたカシス。


「やっぱりケインさんって、昨日、鎧を身につけてませんでしたか?」


「俺は、魔導士ですよ? カシスさんは、何か勘違いされてませんか」


(ん〜? まぁ、確かに)


「そうですよね。何度もすみません」


 カシスには、何とかバレなかったが、ラークは冷や汗をかいていた。セイラは、隠し事が嫌いな性格のため、黙っていろと言われたことにギリギリ触れないように、ヒントをカシスに投げている。


 セイラがラークに睨まれたことは、言うまでもない。ケインは、そんな二人の攻防を楽しんでいる様子。



 カシス達がこんな話をしている間に、一緒に転移してきた他の5人の姿が消えていた。


「あれ? 他の人達は?」


「手分けしたよ。ガッシュ領には、すでに50人ほどの捜索隊が来ているから、その指揮と情報共有かな。たぶん、レッドボックスは、もっと来てると思う。負けず嫌いだからね」


「えっ? ガッシュ領に、そんなに?」


「大きな草原7〜8ヶ所の捜索だからね。ただ、私としては、レッドボックスに協力している新規転生者を信用してないのよね。私達は、とりあえず、カシスさんの家に行くわよ」


「へ? 私の家って……」


 カシスが反論する隙もなく、セイラはパチンと指を弾いた。



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