7、紫色の花
カシス達は、昼過ぎに宿屋に戻った。身分証を受け取り、服屋では大きな包みを渡されたが、その支払いはすべてロザリーが済ませていた。
「カシスさん、数時間で申し訳ないですが、こちらのお部屋で、ご自由に休憩なさってください」
「私一人で、使わせてもらっても良いのですか」
「はい、構いません。遅めの夕食の時間の前には、呼び出し音を鳴らします。王家の迎えの者と一緒に夕食を取った後、その後の予定に関する打ち合わせがあります」
「では、少し仮眠させてもらいます」
カシスがそう返答すると、ロザリーは軽く会釈をして、カシスが泊まる部屋の扉を閉めた。
(やっと、自由だわ)
カシスは、部屋の中を見て回った。一人で宿泊するには広すぎると、少し戸惑っている様子。
(わっ! シャワーがある!)
ガッシュ領では見たことのない設備に、カシスは高揚感を抱いていた。
すぐにシャワーを浴びて、髪を乾かした頃には、カシスは、これが現実なのだとジワジワと実感していた。
「私、本当に、やっていけるのかしら」
そう声に出すことで、カシスは現実を受け入れようとしていた。だが、不安しかない。カシスは、ベッドに入ると、大きなため息をついた。
◇◇◇
「少しは、眠れましたか?」
呼び出し音で目を覚ましたカシスは、慌てて髪を整え、指定された小さな食堂へと降りた。そこには、王家の迎えのラークは居たが、スグリット王子の姿はなかった。
「はい、少し仮眠できました。あの、スグリット王子は……」
「あぁ、昼過ぎに王宮から、彼の専属執事が捕まえに来ましたよ。スグリット王子は、幼い頃から、すぐに王宮を抜け出す癖がありましてね。前世の記憶が戻ってからは、行動範囲が広くなって、執事も大変なようです」
「あら、まぁ。食堂にいた店員のラークさんがおっしゃっていたように、本当に王宮を抜け出して来られたんですね。スグリット王子は、もう、前世の記憶が戻っておられるのですか」
カシスが素朴な疑問を口にすると、王家から迎えに来たラークは、一瞬、身構えた様子。
「スグリット王子は、もうすぐ11歳になられますよ?」
「えっ!? そうなんですか! 私はなんと失礼なことを。可愛らしいから、まだ10歳になっておられないと思っていました」
「この街では、何を言っても大丈夫ですよ。ここは交易都市クースです。不敬罪には当たりませんからね。さぁ、遅めの夕食にしましょう」
ラークは、そう言って、クスクスと笑っている。カシスは、彼と王子が親しいのだと感じた。
食事をしながら、ラークは、当たり障りのない話をしていた。ガッシュ領には農家が多いことや、どのような特産物があるのかなど、おそらく誰もが知っているであろうことを、カシスに尋ねた。
「そういえば、この交易都市クースで最も売れている花は、ガッシュ領の物でしたね。他国の方が多く栽培されているようですが」
「最も売れている花、ですか? 不勉強で申し訳ありません。交易都市クースに出荷している農家は、少ないと思いますけど」
「紫色の花ですよ。紫色の花は、死者の魂を、贈り主の元へ誘う、と言われているそうです。死期の近い恋人に贈ることが流行っているみたいですよ」
(前世の記憶を持つからなのね)
生まれ変わっても近くにいて欲しいという、おまじないのようなものかと、カシスは前世の記憶を重ねていた。
「へぇ、寂しいけど素敵なお話ですね。紫色の何という花ですか?」
「紫色であれば、何でも良いそうです。とはいっても、王都には、紫色の花は咲きません。フルールニア王国内では、ガッシュ領でしか栽培できないと聞いています」
「気候の影響でしょうか。ガッシュ領は、寒暖差が激しいですが」
食事が終わるのを見計らったように、ロザリーが小さな食堂に入って来た。
「ラークさん、彼女は新規転生者ですよ。先程も、そう報告しましたが」
(ん? 何か怒ってる?)
「あぁ、私も直接、確かめたかったんだよ。王都から離れた場所にいる新規転生者は、紫色の花のことを知らないだろうからね」
(何か、試された?)
「お食事中に縁起の悪い話をしないでください。まぁ、カシスさんは影響を受けないでしょうけど」
カシスは、なぜロザリーが怒っているのか理解できず、素朴な疑問を口にする。
「紫色の花は、不吉な花なのですか?」
「いえ、そういう意味ではないのです。新規転生者が知る必要のない話なので……」
ロザリーは、話しにくいらしい。
「確かに、カシスさんは新規転生者ですが、王女ファファリア様の専属執事となるのですよ? 知っておくべきでしょう」
(えっ? 何なの?)
「そのことを、王女が話されるとでも? ラークさんは、やはり密偵ですか」
「ふふっ、密偵なら面白い人生でしょうね。もう、この話は、やめましょう。カシスさん、すみませんね。忘れてください」
「は、はぁ」
カシスは、モヤモヤしつつも、この場でこれ以上のことを尋ねるべきではないと判断した。
「では、カシスさん、これからのことを少し打ち合わせしましょう。しばらくはロザリーさんが、貴女のサポート役に付きます」
「わかりました。ただ、正式にはまだ……」
「それは問題ないと思いますよ。国王からは、私に全権を委ねられています。王宮に到着後、王女ファファリア様と顔合わせをする際は、男装していただきますね」
「王女様が、私を受け入れてくださるかは、わかりませんよ?」
「ガッシュ領から来たと言えば、大丈夫じゃないですかねぇ。カシスさんが貴族であることは、しばらくは秘密にしておいてください。その方が、貴女も馴染みやすいはずです。あっ、そろそろ時間ですね。部屋に戻り、出立の準備をお願いしますよ」




